プロメティウス

まず最初に、
語調が「だ。である。」になっている事へのお許しを請うておこう。

理由は、この記事を読んでいる内に納得して頂けるはずだ、

「皆さん」に語りかけるのではなく単なる独り言としてつぶやかなければならない現在の私の心情と共に。

………という事で、本題に入る。
 

 
前回の記事「死ねませんでした」をアップしてから10日以上の日々が過ぎた。

詳しい説明は出来ないけれど、その10日の間に幾つかの事件があって生活保護を受ける事は不可能になり、現在の私には再び死ぬ以外の選択肢は99%以上なくなっている。
 

具体的で直接的な問題は生活を維持していく上で絶対的に必要な支払いが出来なくなっている事にある。

現在の私は電気・ガス・電話・食費・………全ての支払いが不可能な状態に陥っている。
 

例えば
11日にはクレジットカード会社の怖いお兄さんから「1万9千177円(3月分)を支払ってください」という督促の電話を頂戴した。

クレジット会社は東京方面にあるのだけれど、彼の事務所は当市内、車で15分ほどの場所。

………世の中こういう仕掛けになっているんだ、………という事だけはよく分かった。
 

ここまで来たら本当に残る期間はあと僅か!

長くても、あと4日~5日。

短ければ3日後に迫っている今週末には死に向う以外に私が選ぶべき道はなくなっている。

電気代の引き落としが17日にあるので電気の供給を停止されるのが今は一番怖い。

電気代の場合は供給停止までに1ヵ月程度の猶予期間があるはずだとは思うのだが、………。

それとインターネット回線の停止、………これも怖い。
 

何故こんな事になってしまったのかは最近1ヵ月~2ヶ月の記事を読んで頂けばお分かり願えるかもしれない。

最近1ヵ月~2ヶ月の私は、考える事、やる事、なす事に対する結果の全てが裏目裏目に出てしまい、追い詰められた果ての果てが現在の状況なのだ。 

熟慮に熟慮を重ね、その時その時に自分が出し得る最大限の気力を振り絞った努力の結果が更に思いもかけないほどの悲惨な事態を招き寄せる、……そういう成り行きの連続。
 

………考えてみれば、そうなって当然の理由や原因は確かに存在するのだが、………

苦しみの末に、責められて当然の自分の否を理解し、反省し、

あるべき正しい道を発見し、その正しい道に沿って今度こそ新しい努力を再開しようという決心をしている、この私が、………

決して許される事なく死を求め続けられている。
 

今になって私は何故ここまで厳しい審判を社会、いや、人間や社会を超えた存在から受け続けなければならないのか?

社会、いや、人間や社会を超えた存在から受けている、この厳しい審判を私はどのように受け止めれば良いのか?
 

全ての人間と同じく、私に与えられている運命も結局のところ死しかない事は分かっている。

………しかし、何故それが「今」でなければならないのか?

社会、いや、人間や社会を超えた存在が「今この時」私に要求しているものはいったい何なのか?

ただ黙って「御心のままに」自分の死を静かに受け入れる事なのか?
 

 

 
その様な苦しみや恐怖を抱えているにも関わらず、

この期に及んでも私は平静な精神状態を維持し続け考え続けている。

そういう人間なのだ、私は。
 

普通の人なら重篤な欝状態に陥って思考は完全に停止してしまうに違いない。
 

その時その時によって理由や原因は様々だけれど、若い頃の私は、そういう心身の状態に何度も何度も陥った経験がある。

そういう時期を父母の経済的・精神的な保護の下で自分なりの思考を積み重ねる事によって私は何とか乗り越えてきた。

何度も何度も。

そういう経験を積み重ねる事によって、私は自分の全ての危険な心身の状態に対応でき得る独特の力(知識や知恵や技術)を獲得する事が出来ているのだと思う。
 

 
今現在の私が持っている唯一の財産は、上記した独特の力(知識や知恵や技術)に支えられた独特の思考能力、………それだけだ。

普通の人なら耐え切れずに平常の精神状態を失ってしまうような厳しい状況から逃げ出さずに思考し続ける事。

目の前に存在している厳しい状況を真正面から直視し、その構造を観察し、観察の結果を分析し、……そこから何等かの答えを導き出そうという努力を続ける事。
 

 
上記した私の思考能力が常に正しい、……というか最良の答えを導き出してくれる、という保障はどこにもない。

それどころか、普通の人が普通に考え出すはずの普通の答えから離れた私独特の答えは、

普通の答えからは予想も出来ないような悲惨な結果を招き寄せる可能性さえ含んでいる、………というか、最近1ヵ月の結果を考えてみれば、そういう結果に終わる可能性は常に否定できない。
 

………しかし、
それでも私は私独特の思考によって私独特の答えを導き出し続ける他はない。

最近1ヵ月に体験し続けた失敗の本質についての考察を重ねた結果として得られた新しい私独自の解決策に従って、この記事を書き続ける他はない。

このまま何もせずに黙って死を受け入れる事の意味を理解した、その上で、………。
 

………………………………………………………

以上、
ここまで、この記事を正確にお読み下さった読者の方なら、

今現在の状況下に於いて私が何をしようと決心しているのか、……大体のところは見当がついていらっしゃるはずだ、と私は考えている。
 

例えば、このブログに対する基本方針について、………だけれど、………。

吉野の山奥から逃げ帰ってきた3月6日から今日までの10日間、このブログをどうすべきか、その事を私は考え続けてきた。
 

退くべきか、前進すべきか?

つまり、
或る種の記事だけを残し、他の記事を削除した上で自死するか、

現在までの全ての記事の上に更なる記事を書き重ねて、行けるところまで行ききって最後の最後の可能性に期待するべきかどうか、………。
 

或る意味では退くという選択が最も穏当だし楽な方向だと言える。
 

しかし、
迷いに迷った末に今朝、最終的に前進する決意をした。
 

禅に百尺竿頭に一歩を進むという言葉があるけれど、

現在の私が、このブログから退かずに更なる前進を続けて新しい記事を書く、……という事は決して簡単な仕事ではない。

そもそも新しい記事を書く気力というか精神的なエネルギーが完全に干上がってしまっている。

今朝までの私は、たった一つの記事を書く事さえ不可能にしか感じられなかった。
 

 
迷いに迷った末に今朝、最終的に前進する決意をした。

と言っても
今朝の私に特別の出来事が起こった、………という訳ではない。
 

もちろん全面的に許される事は決してあり得ないけれど

10日前に受けた心の傷が徐々に癒され、

それなりに心身のエネルギーが回復し、

この10日間、考えに考え続けてきた問題に対する答えが自然に一つの方向に結晶し始めたのが今朝だった、………という感じだ。
 

 
今になって考えてみると
迷いに迷った末、最終的に前進する決意をするに到るまでには幾つかの段階を経ている事が分かる。

幾つかある段階の一つとしては、このブログに対するアクセス解析を確認した、という体験を挙げる事ができる。

この記事にも書いているように

今までの私は、このブログを、どれだけの数の人々が読んでいるのか?

ひょっとしたら誰も読んでいないのではないか?

………という非常に重要な疑問点を直視しないまま記事を書き続けてきた。

その辺りの心理や判断について上記の記事から引用する。

………………………………………………………

このブログを「皆さん」が御覧になっていらっしゃるかどうかは、その気になれば簡単に調べる事ができるんです。

このブログが使っているサーバーには例えば次のような事ができるアクセス解析機能がついていますから、……
 

アクセス解析ではWebサイトや各ページへの訪問数、ページビュー数(単純アクセス数)などを知ることができ、また、日別や曜日別、時間帯別、閲覧環境(OSやWebブラウザの種類等)別、所属ネットワーク(ドメイン名や国・地域等)別、参照元(サイト、ページ、検索語等)別、などの形で集計される。
 

………私がアクセス解析をしないのは、今はそれをしたくないから、………というだけの理由からの事です。
 

このブログは私の夢を実現していく唯一の手段です。

多くの人々に自分の夢を語りかける事ができる唯一の方法です。

夢を壊したくないんです。

それに、
今は誰も見ていなくても、誰かが見てくれていると思い定めて諦めずに書き続けて

そのブログを残しておけば、将来、誰かが見てくれる可能性も考えられますし、………。

………………………………………………………

………この辺りに、その頃の……と言っても僅か2週間前の事なのだけれど……私の心の弱さや甘さが明確に現れている。

これでは幾ら意気込んで吉野の山奥まで自殺しに行っても死にきれなかったのは当然だという他はない。
 

ともあれ、
吉野から逃げ帰ってからの私が、改めて思い知らされた自分の本性とか自分が直面していながら眼を背けていた現実問題は数多い。

それらを思い知っただけでも逃げ帰ってきた事の意味はあると言えるのだろう。

………いずれは死に行く定めだとしても、………。
 

 
閑話休題

姿勢を改めた私が直視したアクセス解析の一部分を以下2つのリンク記事として御覧頂きたい。

普通はパスワードを知っているブログの管理者しか見る事ができない記録だが、その一部を敢えて公開したものだ。

3月10日のアクセス統計
同日のアクセスログ

詳しい技術的な説明は省かせて頂くけれど、

これらの記録を観察して分かる事は、1日に140件以上あるアクセスの大部分は検索ロボットからのものである、という事だ。
 

どのアクセスが、このブログ内の、どういう記事を、どういう風に読んでいるのかをアクセスログから読み取る事によって、以上の事柄は明らかになる。

検索ロボットはサイト内のとんでもない部分を読んで(調べて)いたりするのですぐにそれと分かる。
 

 
結論として言える事は以下の通りだ。
 

このブログをまともに読んでいる人は多く見積もっても4人~5人。

CTYネットという地元ケーブル会社のインターネット回線からのアクセスがあるので近隣の人が1人読んでいる事も推測できる。

近隣の人々が最近見せている異様な姿勢の変化も、この辺りに原因があるようだ。
 

一時期の私が信じ込んでいたような「このブログの存在が地元の人々の話題になっている」等ということは100%あり得ない。

その事は、11日に出席した自治会の組長会に於ける人々の様子からも確認できた。
 

以上の結果を見ても私の驚きは殆どない。

そうである事をも想定しながら私は記事を書き続けていたのだから。

むしろ、
4人~5人ではあっても、このブログを或る程度まで「まともに読んで」くれている人々がいる(…らしい)という事実の方に私としては心強い手応えを感じさせられている。
 

私にとって何より大切な事は、このブログ或いは私が言わんとしている事を本気で知ろうという気持ちをもって記事を読んでくれている人が存在しているかどうか、………だ。
 

「創造ネット計画」が実現できるかどうかの別れ目は本当の意味での最初の理解者が出現するかどうか、にかかっていると私は考えている。

最初は1人だけで十分なのだ。

大切な事は、その1人の人が「創造ネット計画」を本当に理解してくれている事、それだけだ。
 

上記した4人~5人の方々が、どういう気持ちで、このブログを読んでいらっしゃるのか、………そこまでは或る程度の期間に渡って閲覧記録を詳しく分析してみないと分からないし、分かろうとも思わない。

………結局は怖いのだ。………それを確認する事が、………。

………その点に於いて現時点での私の心はまだまだ甘っちょろいと判断せざるを得ない。
 

 
………そういう甘っちょろい心の持ち主である現在の私が

このブログを或る程度までまともに読んでいらっしゃる(かも知れない)4人~5人の方々に敢えてお願いしたい事がある。
 

この記事の意味に於いて私に対する投資を再考して頂きたい。

投資と同時に非公式でよいから私に対して皆さんがお持ちの御意見を私に教え伝えて頂きたい。
 

今現在の私は車検証を失ってしまった車の件なども含めて10万円~15万円以上の現金を必要としている。

それだけのお金があれば私の命は1ヶ月間延長できる。

1ヵ月の期間があれば、「創造ネット計画」について皆さんだけではなく将来このブログを読んで頂けるかも知れない多くの人々にとって面白くて意味のある記事を、かなりの量に及んで書き加える事ができる。
 

合計35万円ほどのリボ払いの借金を2つのクレジット会社から抱えてはいるけれど、甲斐性のない私に、それ以上多額の借金などあるはずはない。

個々のリボ払いは各々3年程度の返済なので或る程度の定期的な収入があれば生活を維持しながら返済できる。
 

一方
この記事でもお伝えしたように、現在の私が開始した直後から利益を稼ぎ出す方法は明確に見えてきている。

今までの失敗の体験を生かした新しい営業活動に対する自信は持っている。

その営業活動の前提となるべき地域社会との新しい関わりの在り方についても十分な自信を持っている。
 

以上に述べたように、昨年の暮れ以降の約3ヵ月に渡る非常な苦難の末、現在の私が獲得する事ができている一般的な意味での社会活動に対する能力は、或る程度以上のレベルにまで高まっているはずだ。

健康状態も良好だ。

 
………そういう私が10万円~15万円の支払いができない、という理由から

長くても、あと4日~5日。

短ければ3日後に迫っている今週末には死に向う以外に道はなくなっている。

それも自業自得と言われれば一言も返す事はできないのだけれど、………。

………………………………………………………

………以上、
世間一般の通念から考えたら非常識で無茶苦茶なお願いなのだろうけれど、

現在の私の気持ちのありのままを敢えて表現してみた。

どなたか、私および「創造ネット計画」の可能性に僅かでも理解または興味を示して下さる方はいらっしゃらないだろうか?

………………………………………………………

という事で、

最後に、この記事のタイトルを「プロメティウス」とした件についてのお話しを付け加えて長々とした今回の文章のまとめとしたい。

まず最初にこちらの記事を御覧頂きたい。

もう少し専門的な内容はこちらの記事が参考になる。
 

 
自分の事をギリシャ神話の神である「プロメティウス」に例えるのは傲慢極まりない所業だとは思う。

しかし、

現在の私は普通の人々が耐えられないような状況にも耐えられてしまう、という特殊な能力を持っていて、

それ故に負わされている責め苦が、

不死の神である「プロメティウス」がゼウスから受けた責め苦に余りにも似ていると思って付けてみたタイトル、……… で し た。
 

「創造ネット計画」実現の可能性につきまして

今は2017年02月21日(火曜日)の午後7時58分です。

昨日、私は或る方のところに「創造ネット計画」について相談に伺いました。

まるで禅問答のようなやりとりを含んだ意義深い2時間余の会話を終えて帰宅したのはお昼前でした。

帰宅後から今に到るまで、その会話の内容を様々な角度から分析してみて、見えてきた事や分かってきた事を少し表現してみようと思ってパソコンの画面に向っています。
 

昨日の私が相談に伺った方は、或る種の事業の経営責任者のような立場にいらっしゃる方です。

ですから私の訪問の意図は、結局のところ、その人の事業に即した新しいホームページを開いて頂けませんか、……というお願いでした。

………要するにセールス、といいますか「創造ネット計画」の営業活動だった訳なんですけど、………。

そんなに簡単に事が運ぶ訳はありませんよね。
 

私は若い頃、セールスに興味を持った時期がありまして、

その勉強のために外車のヤナセに入社してボルボボクスホールの販売を担当していたのですが、………

「創造ネット計画」の営業活動なんて、それどころじゃない難しさです。

まあ、その頃の事を色々と思い出したり参考にしたりした面はありますけどね。
 

どんな会社にだって創業期の営業活動は必要不可欠です。

例えばソニーだって盛田昭夫こんな営業活動によって世界的な事業を軌道にのせる事ができたんですから。
 

もちろん、成長した後になっても事業にとって「営業」つまり様々な意味でのセールスは必要不可欠な活動です。

フランシスコ・ザビエルを引き合いに持ち出すまでもなく宗教にだって営業(セールス)は必要不可欠な活動なんです。
 

昨日の「営業活動」の成果は、第一日目としては「まあまあ」なんじゃないかと思っています。
 

「創造ネット計画」の営業には「一般的なビジネスとしての営業」という面と、「或る種の宗教的な布教」に似た面……という2つの側面があります。

そこが面白い、とも言えるし難しいとも言える微妙な活動なんですよね。
 

そういう難しい営業活動の第一日目としましては

先ほども申し上げた通り、昨日の成果は「まあまあ」だったんじゃないかと思っています。

お会いした事業責任者の方に「創造ネット計画」の概略と現状だけは何となくでも感じて頂けたように思いますので………。

………………………………………………………

………というような次第で、

帰宅後も昨日の営業活動の内容について色々と考えている訳なんですけど、………

お会いした事業責任者の方に「創造ネット計画」の趣旨に賛同して頂き、新しいホームページを開設して頂く上で、非常に…、と言いますか或る意味では決定的とも考えられる大きな問題を今の私は感じています。
 

その問題とは

現在このブログを御覧になっていらっしゃる「皆さん」と私との間にある、こじれにこじれた関係です。

例えば前回の記事なんか、その典型ですよね。

あの記事を書く事によって私自身は大きく成長する事ができたように思います。

けれども、逆に考えてみれば

あの記事を公開する事によって「皆さん」と私との関係は徹底的に破壊されてしまったんじゃないでしょうか?
 

 
………実は昨日のお願い(営業活動)には、その問題を解決しようという意図も含まれていました。

昨日お会いした方は、当地方の精神的なリーダーとも言える立場におられる方々の内のお一人です。

その方が「創造ネット計画」に賛同して下さったら「皆さん」も私および「創造ネット計画」に対する現在の考え方や感じ方を少しは変えて下さるのではないか、………。

昨日は、そんな虫のよい意図も持って「営業活動」に伺った訳なんですけど、………。

考えてみるまでもなく、それは非常に難しいお願いですよね。
 

昨日の会話によって、その方は或る程度まで「創造ネット計画」について理解して下さったとは思います。

しかし、
現在の「皆さん」と私との、こじれにこじれた人間関係を考えれば、

その程度の理解で軽々に「創造ネット計画」に賛同してホームページを開設して頂く事は非常に困難です。
 

現在の状況下に於いて、そんな事をすれば、その方は現在お持ちの社会的な信用を失墜する大きなリスクを負うに決まっているのですから。

ですから、

私としましては、当然の事として

ホームページ開設のお願いを切り出したところまでで昨日の会話を終える他はなかった訳です。

第一回目の営業活動としては、そこまで行ければそれで十分だ、という認識もありました。
 

再度しかし、

それだけのリスクを負う価値が「創造ネット計画」にはある事を私は確信しています。

その方にとっても、「皆さん」にとっても。
 

まあ、そんなもんですよ。………セールスマンの心情なんて。

それなりの覚悟と信念がなければセールスなんてできる訳はないんです。

盛田昭夫氏にしても、フランシスコ・ザビエル氏にしても、………。

トヨタプリウスの営業マン氏にしても、………。
 

 
それに、

上記したリスクを回避する、……と言いますか、そのリスクを逆手に取って、お会いした事業者の方のホームページを開設し、それを手始めとして「創造ネット計画」を事業として展開していく方法なら幾つも考え出す自信が私にはあります。

高度な戦略と、それに基づく多様な戦術や作戦の企画立案と、それらの確実な実行。

………それが可能なだけの自信と信念がなければ「創造ネット計画」なんて主張する事はできません。
 

……………………… 以上 ………………………………

 

………こんなところが今回の私の言い分になります。
 

実際のところを申し上げると、………

既に皆様も御存知のように、昨日の私は死の直前にまで追い詰められたギリギリの心境で「営業活動」を行っていた訳でして、………

お会いした事業責任者の方の御対応には感謝以外の言葉はございません。
 

私自身が死を覚悟した上での「営業活動」で精神的に高揚していた影響もあるに違いないとは思います。

けれども、

奥深い教養や科学技術に関する知識もさることながら

お会いした事業責任者の方が蓄積されていらっしゃる社会人としての経験のレベルの高さと分厚さには感動いたしました。

遅ればせながら、今までの私に完全に欠けているものが何だったのか思い知らされた気持ちがいたします。

その他にも、2時間余に渡る会話から学んだり感じ取る事ができた社会に対する誠意や、それに基づく現実的な知識や知恵は数えきる事ができないほどの量になります。

昨日の貴重な体験を手がかりとして得られた様々な直感や思考が、この記事の底に流れている事は間違いありません。
 

 
ともあれ、

先ほども申し上げたような状況下に於いて、私自身の生存および「創造ネット計画」実現の為に残されている時間はあと僅かです。

タイムリミットが訪れる瞬間まで「創造ネット計画」実現に向って可能な限りの努力を続けさせて頂く所存でごさいます。
 

 

………background Performance………

★ 鼓の音色 (動画) ★
★ 鼓の稽古 … 長唄 供奴(動画) ★
★ 正派五條流舞踊「供奴」(動画) ★
★ 山下咲希 小学五年生「供奴」(動画) ★
★ 歌舞伎座 開場初日の一番太鼓(動画) ★
★ 上野にある寄席、鈴本の終わりの太鼓(ハネ太鼓)動画 ★
櫓太鼓★ 解説と実演(動画) ★
鼓童★ 太鼓(動画) ★
★ 沖縄のエイサー(動画) ★

キム・ドクス★ サムノリ(動画) ★
キム・ドクスのサムノリ … at★ パリ路上(動画) ★
キム・ドクスのサムノリ … at★ パリ路上 … ②(動画) ★
ジャンベat★ パリ地下鉄(動画) ★
★ スコットランドの軍楽隊(動画) ★
トルコ軍楽隊★ 行進(動画) ★

 

 

量子論と多元宇宙論と星の王子様

今は 2017年02月18日(土曜日) の午後7時3分。

先週末の考えでは遅くとも17日(金曜日)頃までには全ての記事を削除し、後に何も残さないつもりでした。

しかし、今回の記事を書き上げた今は考え方が逆になっています。

このブログを一人でも多くの日本の人々に読んで頂けたら、………と言うのが現在の私の気持ちです。

この事に関してお願いする事こそが、ここまでこのブログを書いてきた私に残された最後の責務だとさえ感じています。

このブログの記事が、日本の未来を真剣に考えている若い人々にとって何かの役に立つ時が来るかもしれない、と思っているからです。
 

………というような次第で、

今のところ、このブログ自体は6月過ぎに消えて行く可能性が高いと考えているのですが、

もしも、その事が確定的となった場合、そうなる前にどなたか技術力をお持ちの方がいらっしゃったら、ブログのフルコピーをして別のサイトで公開して頂けたら、と思います。

フルコピーでなくとも主要だと思われる記事のコピーだけでも結構です。

どの記事が主要なのか、どの記事を選ぶのかにつきましてはコピーなさる方の方針と判断にお任せします。

そういう事態が生じた場合には、当然の事ながら著作権等というものは一切放棄いたします。
 

 

………………………………………………………

 

さて、
既に皆様も御存知の通り、現在の私は経済的に生きるか死ぬかギリギリの瀬戸際に立たされています。

その状態から脱する唯一の可能性は「創造ネット計画」に対する皆さんからの投資の申し込みにあった訳なのですが、………

前回の記事で期待していた奇跡は一つとして起こらず、「創造ネット計画」実現の見通しも絶望的な状況にあります。
 
………ですから、
先ほど申し上げたような心理状態に到るまでにはこんな言葉とかこんな言葉が頭から離れずに「何を言っても空しいだけ …… みっともないだけ」という気持ちが圧倒的に強かったので、何も言わずに黙って去るのが一番だ、…… という結論以外は出て来ませんでした。

特に後者の言葉については深く考えさせられました。

我が家は名家でも資産家でもありませんし「創造ネット計画」が遊芸だったとも思ってはいません。

けれども、様々な原因が複合する事によって「働く」という事から逃れていた事が現在の私の窮状を招き寄せた根本的な原因である事は紛れもない事実だと痛感しています。

「働く」という事から逃れていた事によって私は世間一般の最も基本的な通念の一つが欠けている人間のまま、それに気付かずに今日まで来てしまったのだ、と思います。

今までの私には社会人として最も大切な何かが欠けていた事は確かだと思います。

現在の私の窮状は全て、そこに端を発しており、そこに根本的な原因が存在している事は明らかです。
 

 
ともあれ、

上記した2つの言葉が自分に教えてくれる意味を様々な角度から徹底的に思い知った時、私の心は不思議な変化を示し始めたような気がします。
 

自分の人生に起こった事は全て、そうなるべくしてそうなったのだ、…… 。

自分の人生に起こった事の原因は全て自分自身の内に存在していたのだ、…… 。
 

………その事が心の底から納得できた時、

過去の自分を心の底から許した上で、「新しい未知の世界へ旅立つ決心」が自然に湧き起こって来たような気がします。
 

 
目の前の全ての状況が、それ以外の選択肢を許してはいない。

どう考えても、現在の自分にはその選択肢以外にはない、………という事情もあるのだと思います。
 

全てを捨てて出家という考えが頭に浮かんだ事もあったのですが、………

この記事を熟読して出家という方向は断念しました。

出家の道の厳しさに恐れをなした、………という訳ではありません。

上記でリンクした記事を熟読した結果として

この記事を書いた人が求めている「出家希望者」の心情と、現在の私が感じている「新しい未知の世界へ旅立つ決心」とは似ている部分もない訳ではないけれど、結局のところ両者は全くの別物だという事がよく分かったからです。

求めている「出家希望者」に対する年齢制限は明記されてはいませんが73歳の老人を受け入れてくれる場所ではない、という確信も得られました。
 

 
………実は今週15日(水曜日)に私は生まれて初めて宝くじというものを買いました。

私の人生に於いて最初で最後の宝くじ体験です。

もちろん、奇跡を期待する気持ちがない訳ではありませんでしたけれど、…… それよりも「人間を遥かに越える大きな存在」の自分に対する意志を問う為に買いました。
 

宝くじ以外にも先週末から昨夜までの6日間、

私は奇跡とも言うべき出来事が起こる……かも知れない幾つかの状況の流れ行く先を見詰めていました。

「人間を遥かに越える大きな存在」の自分に対する意志を問う為に。
 

その一つ一つの問いに対する回答を与えられる度に自分を遥かに越える大きな何者かの強力な意志を感じ続けていました。

汝死すべし。

………という厳しく強い意志を。
 

 
現在の私は自分でも不思議なほど平静な気分の中にいます。

特に、グーグルアースグーグルマップを使って、安全かつ確実に「旅立ち」できる地点を探しているうちに、「行楽旅行の準備をしている時の浮き浮きした気分」に似た心理さえ生じてきたのには驚かされました。

人生に対する様々な執着、…特に「創造ネット計画」に対する執着を徹底的に引き剥がされた後の私には、それらの物事に対する興味とか意欲というものが完全に失われているからなんでしょうね。
 

 
「創造ネット計画」ついて、私は今も、その正しさや可能性を信じています。

普通の個人に過ぎない私のような人間が、こういう形で自分の信念を多くの人々に伝える事が出来るようになったインターネット技術の発展を考えてみて下さい。

「創造ネット計画」の本質は地域SNSを深化発展させた未来型の事業計画です。

同じような考えを持って、その実現に向けて努力を重ねている人々は世界中に大勢いるはずです。

その意味で「創造ネット計画」が目指している目標は、ライト兄弟が「空飛ぶ機械」を発明した頃の飛行機の発明と、それに伴う実用的な商業飛行のようなものなのです。

多くの人々が「空飛ぶ機械」の夢を追い続けていた時代の覇者がライト兄弟だった訳です。
 

今のところ「 私達 」がライト兄弟になれる見通しが立たないのは、先ほど申し上げたような事情で

私個人の人間としての器に決定的に欠けている部分があったからであって、

原因は、その一点にしか存在してはいないのです。

その問題さえ解決すれば「 私達 」が「ライト兄弟」になる可能性は一気に高まります。
 

前々回および前回の記事を書いた時点で
「創造ネット計画」そのものは既に基礎理論も基本設計も99%まで完成している、……と私は今でも考えています。

少なくとも私の頭の中では、………。
 

………それを分かりやすく面白い記事として皆さんにお伝えする時間が今の私に与えられていない事が残念で仕方ありません。

これが世間知らずの私に与えられた運命というものなのかもしれませんが、………。

長い間「働く」という事から逃れていた私が受けるべき当然の罰なのかもしれませんが、………。
 

 
とにもかくにも、

前回の記事を或る場所まで書き進めた時、私の中にあった「創造ネット計画」に対する執着はフッと消えて行きました。
 

少なくとも、この記事を御覧になっている皆さんの心には「創造ネット計画」を理解する為の「空間」がない。

例え1万円であっても投資しようと考える人が一人もいらっしゃらないという事が、その事実を何よりも雄弁に語ってくれています。

 

私自身の説明不足を棚に上げて、こんな事を申し上げるのは如何なものか、………という気持ちはあるのですが、………

これが
今まで皆さんの反応を拝見してきた末に現在の私が抱いている正直な実感です。
 

見抜いたり「創造ネット計画」の正体を!

これ以上くだらない話を聞きたくはない。

多分これが皆さんの現在の実感なのでしょうね。
 

 
「創造ネット計画」を現実化させる上で最も重要なエネルギー源は絶対的弱者に対する優しい心情だと私は確信しています。

もちろん、それは単に情に溺れたり流されたりするような浅薄な心情ではありません。

絶対的弱者の真実や現実を見抜いた上での厳しさを伴った現実的な優しさを私は想定しています。

そういう優しさが今後の資本主義社会には必要不可欠になる、と私は考えています。
 

………けっこう難しいんですよ。
 

 
薄汚く巧く確実に稼げる仕事や立場を得る事ばかりを考え、

確実に得る事が出来る年金を無条件に有難がり、

強い、権力を持った人々に無批判に付き従っていこうという奴隷根性の持ち主に「創造ネット計画」なんか創り出せるはずはないのです。
 

 
現在この記事を御覧になっている皆さんの心には「創造ネット計画」を理解する為に必要な「空間」がない。

絶対的弱者の立場から皆さんと対しなければならなくなった時、その事が私には悲しい現実として身にしみて理解できました。
 

現時点の私には、皆さんの心の中に「その空間」を創り出す力はないし、その為に必要な心的エネルギーも尽き果てている。

そうした悲しい現実に耐え、強者を装いながら前回の記事の前半部分を書き終えた時、或る強烈な実感が私の心の奥底から突き上げて来ました。

これ以上、強者を装い続ける事は出来ない。

強者を装う事によって皆さんを説得する事は「創造ネット計画」本来の趣旨に反する行為以外の何物でもない。

今こそ
皆さんの中に潜んでいるはずの弱者に対する優しい心情に訴えて本物の奇跡を起こすべく大きな賭けに出る時だ。

 

………以上の決心に基づいて前回の記事をああいう形で結んだ訳なんですけど、………。
 

 
今の私には三島由紀夫の気持ちがよく分かります。

訴えようとしている事柄や表現の方法は真逆ですけどね。
 

私の訴え方は或る意味で乞食の訴え方、おねだりする子供のやり方、そのものだったと思います。

カッコ悪いったらありゃしない。
 

 
そのせいなんでしょうね。

期待していた皆さんからの反応は徹底的に否定的なものばかりでした。
 

今週の初めから今日までの毎日

私は

悲しい現実を

紛れもない事実として

実感的に理解せざるを得ない瞬間

が連続する日々を過ごしていました。
 

皆さんの心の現実を実感として理解した瞬間の感覚は、
ハローワークでパートの仕事探しをしていて、最後の最後になって電話口で「あきらめました」……という言葉が自然に出てきた瞬間の感覚と非常によく似ています。

私が今までの人生の中で体験した感覚の中では、子供の頃、欲しくて欲しくてしかたがなかった玩具(鉄道模型)を諦めた瞬間の感覚にも似ているような気がします。

そういう時って、何故か分からないけど今まで割り切れなかった感情が急に割り切れちゃうんですよね。
 

これ以上、このブログを御覧になっている皆さんにお話しようという気持ちが完全に消え失せてしまった瞬間でした。

このブログを書き続ける気力の源は、皆さんの理解力に対する私の身勝手な願望に過ぎなかった事が身にしみて分かった瞬間でもありました。

今までの自分が、どれだけ皆さんに依存しようとしていたのか、………その事を思い知った瞬間でもありました。

皆さんの理解力の限界が、これまでの私の生きようとする気力の限界である事を思い知った瞬間でもありました。

皆さんの理解力に対する「執着」が完全に消え失せていった瞬間でもありました。
 

一つ一つの「瞬間」に出会う度に、それと同じ種類の「執着が消えて行く」という感覚が次々と連鎖反応を起こしていって、やがて自分の人生(つまり現世)に対する執着全体が私から静かに離れていくのは時間の問題だったような気がします。

完全な諦め

これが今現在の私の中に生じている「自分でも不思議なほど平静な気分」の原因であり構造であるような気がします。
 

 
ところで、

人間というものは常に興味と愛情を注ぐ対象を必要としていて、それを発見せずにはいられない存在のようですね。

今まで興味と愛情を注いでいた現世という対象から完全に引き離された今の私の目の前に

思いもよらない新しい対象が浮かび上がって来ています。

「新しい未知の世界」です。

死後の世界。

現世を超えた世界。

私の心の中に、
今まで暗く悲しく寒々としたイメージしか浮かんでこなかった死後の世界、現世を超えた世界、……が愛おしい、興味を抱かずにはいられない世界、へと変化し始めています。

既に申し上げたように………こういう心理状態が生じる、という事は私にとっても意外な成り行きでした。

こういう風に動いていくものなんですね、………人間の心というものは。

意外と良くできているじゃありませんか。
 

しかし、
ここまでこの記事を書き進める事によって
それよりも更によくできた意外な変化が現在の私の心に生じ始めているようです。

………その変化につきましては、もしも「次回」というような事態が生じた場合、

「次回」にお話する事が、………出来る………かもしれません。
 

最後の最後のお金が尽きるまで、もう少しだけギリギリの努力を続けてみるつもりです。

ダメだったら、その時にお知らせして、今度こそ本当に「新しい未知の世界」へと旅立ちます。
 

 

………………………… 以上 ……………………………

………ここまでが例によって長い前置きで

以下の部分に短い本題を添付させて頂きます。

今現在の私がイメージしている … 愛おしい、興味を抱かずにはいられない「死後の世界」「現世を超えた世界」 … に関する動画と記事を厳選して御紹介してみました。

もしも興味をお持ちになった方がいらっしゃったらリンク先を御覧になってみて下さい。

特に動画は非常に分かりやすく面白い語り口なのでお勧めです。
 

★ 量子力学で見る「現実」 (動画) ★
★ 多元宇宙の謎 (動画) ★
★ ビッグバン理論の限界を越える理論の誕生? (動画) ★

量子力学
多元宇宙論

頭の中がお花畑
星の王子さま
「星の王子さま」はどうして蛇に咬まれなければならなかったのか?
ヘビと星の王子さま

「斉藤由貴 星の王子様」
★ 最後の部分(動画) ★
★ ヘビと会うシーン(動画) ★
★ 「斉藤由貴 星の王子様」全体 (動画) ★

 

………background music………

レイマ マーバンが歌う★ The Prayer(動画) ★
レイマ マーバンが歌う★ The Prayer 収録風景(動画) ★
歌詞

 

 

星の世界

事情があって、今回のタイトルは「創造ネット計画概論 …… ② 」ではなく「星の世界」に変更させて頂きました。

変更したのは何故なのか?
その辺りの事情からお話を始めたいと思います。

さて、
前回、私は次のようなお約束をして記事を終えました。

人が人を信じる、人が人を信頼する…… という事は、どういう事なのでしょう?

…… こういった疑問についてインターネット上の情報を調べてみて次の記事を発見しました。


「信用」と「信頼」の違いをご存知ですか?

この種の疑問に関する幾つかの「科学的・哲学的な考察」を紹介している記事を以下に「御紹介」します。


社会学・社会心理学・心理学における信頼

この辺りの疑問および、この疑問に関する考察は「創造ネット計画」の本質とも深く関わっている疑問であり考察ですので、………

次回のプレゼンテーションでは、「信用」と「信頼」について可能な限り分かりやすく面白い記事として御説明させて頂きたいと思っています。

その説明を出発点として、今後の「創造ネット計画」の事業展開について具体的にお話しを進める事ができたら、……と考えております。

けれども、
記事をアップした後になって私の心の奥底から更なる鋭く厳しい疑念が湧き起こってきました。

その疑念とは
「創造ネット計画」が当面の事業として行おうとしている「WEB事業」に関する説明は、あれで良かったのだろうか? ……… という疑念です。

その疑念に基づいて考え始めた私は直ちに或る重大な問題の存在に気が付き、……やがて顔面蒼白の状態に陥ってしまいました。

その問題を解決できなければ、その事が現在の私、つまり現在の「創造ネット計画」の命取りになる可能性が非常に大きいからです。

現在の私に、前回お話したような意味での「WEB事業」を遂行するだけの技術力があるのかどうか?

………これが、その疑念の内容です

現在の私には、それだけの技術力はない。

それだけの技術力を身に付けるには最低でも6ヶ月程度以上の期間が必要だ。

………前回お話したような意味での「WEB事業」について詳しく調べてみて、その事が次第にハッキリと見えるようになって来ました。
 

その事それ自体は致命的といえるほどの問題ではない、と私は考えています。6ヶ月~7ヶ月の期間さえあれば、必要最低限の技術を身に付ける自信が私にはあるからです。

そうではなく、現在の私には
その6ヶ月~7ヶ月の期間が与えられていない事が致命的なのです。
 

現在の私にはギリギリのところ、あと1週間分の生活費しか残っていません。

前回お願いした投資資金への応募はゼロという状態です。

それは直ちに
このままでは、あと1週間後の私には死出の旅路に赴く以外の選択肢は残されていない、という事を意味します。
 

 
或る程度以上の数の人々に投資を納得して頂く為に最も手っ取り早い方法は高い技術力をアピールする事だ、と私は考えていましたし、現在もそう考えています。

それに必要なだけの技術力が今現在の私には不足している、という事がハッキリ見えてきた今月6日以降の丸2日間、私は深刻な鬱状態に陥って起き上がる事が出来ず、寝たまま死と対面し続ける時間を過ごしていました。
 

………………………………………………………………

 

………以上、
今回の記事のタイトルを「 創造ネット計画概論 …… ② 」から別のタイトルに変更した理由を説明させて頂きました。

既に御覧いただいたように

「 創造ネット計画概論 …… ② 」というタイトルで
「人が人を信じる、人が人を信頼する、という事はどういう事なのか」………

等という、のんびりした記事を書いている訳にはいかない緊急の事態が前回の記事をアップした後の私に生じた事が変更の理由です。

変更したタイトルが何故「星の世界」なのか、……につきましては今回の記事の中で後ほどお話しするつもりです。
 

再び

……………………… 以上 ………………………………

 

例によって、すっかり前置きが長くなってしまいましたけれど、………

以下から今回の記事の本題に入りたいと思います。
 

いや、
その前に一つだけ皆さんに知っておいて頂きたい事を申し上げておきます。
 

既にお気づきの方も多いかとは思うのですが、………リンクの多い私の記事の扱い方についてのお知らせです。
 

記事の中のリンクの部分をクリックして頂くと、リンク先の記事が新しいページ、又はタブ、として開かれます。

開かれたページ、又はタブ、は記事本文にある次のリンク先をクリックして頂いた時に、その新しいリンク先に自動的に切り替わります。

例えば以下のような感じです。
下記の9個の記事リンクと動画リンクと歌詞リンクを次々と連続してクリックしてみて下さい。

ツイッギーが歌う★ バークリー広場のナイチンゲール (動画) ★
歌詞
ジョン・ル・メズリエが歌う★ バークリー広場のナイチンゲール (動画) ★
歌詞
南軍同盟理髪店カルテットのコーラスで★ バークリー広場のナイチンゲール (動画) ★
歌詞

………つまり、最初に開かれたページ、又はタブ、はいちいち閉じる必要はない、………という事なんですけど、………お分かり頂けるでしょうか?
 
最初の記事は記事、最初の動画は動画、最初の歌詞は歌詞として各々のページ、又はタブ、が開かれます。

最初に開かれたページ、又はタブ、は

本文(現在の、この記事)にある次の記事や動画がクリックされた時に、次の記事や動画や歌詞に切り替わります。
 


自分のブログ、つまり「創造ネット」の過去記事へのリンクの場合も外部サイトの記事とは別に専用のページが新しく開きます。
 

 
………以上、
今回の記事は特にリンクが多いので
ひょっとして、お分かりでない方がいらっしゃると問題だと思い、説明させて頂きました。
 

………………………………………………………………………………………………………………
 

ようやく本題を始めるところまで漕ぎ着けました。

本題のテーマは2つあります。
 

1つ目は「創造ネット計画」を立ち上げる為に現在の私が考えている「WEB事業」の詳しい説明です。

………これは「創造ネット計画」にとって目の前の第一歩の課題に関する説明という事になります。
 

2つ目は「創造ネット計画」の本質に関わる哲学的な概念に関する説明です。

このテーマのタイトルは「星の世界」。………可能な限り面白く分かりやすく説明させて頂くつもりです。
 

………………………………………………………………………………………………………………
 

まず最初に1つ目のテーマとして
……「創造ネット計画」を立ち上げる為に現在の私が考えている「WEB事業」……の詳しい説明から始めます。

これを説明するのにピッタリのWEB業者をインターネット上に発見しましたので、その業者を事例として「ホームページ製作」という仕事を実感として皆様に理解して頂きたいと思います。

こちらのページをご覧ください。
これは或るホームページ製作会社 ( 資本金300万円 )の会社案内です。

この会社のホームページはこちら

採用案内はこちらのページ
 

この会社の所在場所および近隣の環境はこんな感じ

流石に何階の何号室か、までは表示されていませんが
御覧のとおり、或る巨大マンションの一室に事務所を構えています。

有限会社である事や資本金の額とか採用案内の内容とか所在場所から考えて社員は2人~多くても5人以内の会社なのではないでしょうか?

こちらのページを御覧頂くと、この会社の具体的な仕事の内容が分かります。

ホームページの製作料金はこんな感じ
 

この会社が製作したホームページの事例を以下に列挙します。

装丁画家・岡村夫二
(株)アートスタイル
信州大学臨床研究室
柏プラザホテル
株式会社ミタニ
筑波山ホテル青木屋
フレーベル幼稚園
つくばフィルムコミッション
フロースタイル
筑波ユナイテッド
西山運輸機構株式会社
酒郷吉春
ひたち野
県南病院

 

上に列挙した事業用ホームページは全て「ワードプレス」という無料のホームページ作成ソフトを使って製作されたものです。

御覧頂いている、このブログも「ワードプレス」で作成しています。

「ワードプレス」のホームページはこちら

「ワードプレス」には2千以上のテーマがあって、それをカスタマイズする等して思い通りのページを製作するのがホームページ製作の第一歩です。

「ワードプレス」の無料テーマのサンプルページはこちら

事例に挙げた業者も含めて、
プロの製作業者は、テーマそのものを自由に作り出す技術力を持っています。

 
一方、
現在の私は、……と言えば、
「テーマ」を自由にカスタマイズする事、……それさえ今後の課題だ、というのが正直なところです。
 

当面の技術的な目標は

フリーアナウンサーのサイト
イラストレータのサイト
ワードプレス初心者のサイト

この程度のホームページが作成できるようになる事、……でした。

この程度のホームページなら1~2ヶ月程度の試行錯誤で自由自在に製作できるようになれる自信はあります。
 

………………………………………………………

 

今は2月10日(金曜日)の午前10時。

ここまで書いてきて私の力が尽きました。

このブログ、……特に
最も重要な概念の説明である「創造ネット計画」の基礎理論および応用理論に関する記事を

まともに読もうとしている人がいらっしゃるという事が、どうしても信じられなくなってきたのです。

 

これは理屈抜きの直感です。

まあ、今までの私の説明が余りにも理屈っぽ過ぎた事が原因だと思い反省してはいるのですが、………
 

時すでに遅し、………ですよね。
 

 
現在のままの状態では

よほどの奇跡でも起こらない限り

遅くとも多分17日、来週の金曜日頃までに

ブログの全ての記事を削除して

タイトルを「創造ネット」から「………」に変える事が、

このブログに対する私の最後の作業になるだろうと考えています。
 

 

以下は、「星の世界」というタイトルで書こうとしていた

「創造ネット計画」の基礎理論を説明する記事!

の為に準備していた歌の動画関連のリンクです。
 

これらのリンクを最後に、今回の記事?

いや、やはり、このブログ、なんでしょね………
 

このブログを終了しようと思います。
 

 

賛美歌いつくしみ深きの解説
英日対訳歌詞

エラ・フィッツジェラルドが歌う★ いつくしみ深き(動画) ★
アラン・ジャクソンが歌う★ いつくしみ深き(動画) ★

唱歌星の界&星の世界について語っている記事
杉谷代水作詞、TOKIOビクターオーケストラの演奏で★ ほしのよ(動画) ★
川路柳虹が作詞し初音ミクが歌う★ 星の世界(動画) ★

 

 

創造ネット計画概論 …… ①

 

 

スタート時点に於ける業務内容について

突然ですが、今回から文体を「……だ。……である。」調から
「……です。……ます。」調に変えます。

今後のお話には、この文体の方が似合っている思いますので、………。
 

 
さて、
現在の私が考えているのは地元の中小企業を顧客としたホームページの作成と運用を請け負うWEB事業です。

ハローワークで企業の就職情報を検索しまくっている時に多数の中小企業が発信している多数のホームページと出会い、これ以上のページを自分なら作る事ができる、………と感じました。
 

決め手になったのは2人規模で運営しているWEB業者の求人案件です。

募集の内容を詳しく分析すると、募集している企業の過去の実績や、現在どういう経営状態にあって、どういう将来を考えていて、どういう人材を必要としているのか、………等といった事情がかなり詳細に見えてきます。

このWEB業者に関して申し上げるなら
………これなら自分のほうが上だな、………と感じました。
 

もちろん、ホームページ作成の技術面では先方が遥かに上回っているに決まっていますが、

ホームページを作成し運営していく上で必須の発想を含めた総合的な能力という点から考えた場合には私の方が上位にいる、と感じた訳です。
 

この頃からのことです。
職探しに対する私の無意識的な姿勢が変化し始めたのは………。
 

何故か何となく
面接の目的が目の前の職を得る事にではなく、企業の経営責任者の方々への自己アピールへと徐々に変化していったのです。
 

その為に、このブログを可能な限り有効活用する事にして、

はじめにお読み下さい」を始めとした各記事の内容を面接する企業の経営責任者の方々向けに手直ししたりしました。

面接の時には必ず「souzou.net」で検索して、このブログを見て頂けるように、お願いしました。
 

 
ただし、
上記した私の姿勢の変化は飽くまでも無意識レベルの変化であって、意識の上では通常の意味での職探しを続けていた訳で、………

だからこそ、3つの面接全てに失敗し、電話での問い合わせ等から73歳という年齢の限界を思い知らされた時に自殺を覚悟せざるをえなくなった訳です。
 

 
その「自死の事後処理の相談」の為に弟と妹に会った後、

それまで無意識下にあったWEB事業に対する夢のような淡い希望が明確な意志へと変化し始めたのは私自身にとっても思いがけない心の動きでした。
 

 
妹は既に離婚しているのですが、一緒に暮らしている妹の息子の父親は私が考えていたWEB事業を始めるのに最適な企業(電気工事店)の経営者で、妹の息子(ハルMusic学科卒)は跡取りとして現在修行中……という状態です。
 

妹の息子と彼の父親に対する事業構想の提案。

その事も心の片隅にあって妹にカウンセリングを提案した訳なのですが、………

その思い付きが徐々に変化して現在のWEB事業構想が現実的な形を現してきた、……というような次第です。
 

 
考えに考え抜いた末に私が辿り着いたWEB事業構想は「創造ネット計画」と不離一体の関係にあります。

………この点につきましては、今後のプレゼンテーションで少しずつ詳しい説明を展開していくつもりなのですが、………

今のところは深入りせずに
私が考えているWEB事業構想は「創造ネット計画」とは不離一体の関係にある、……という事をお伝えするに留めておきたいと思います。
 

 

ところで、
ホームページの製造原価は驚くほど低廉です。

例えば、現在このブログを運営しているサーバーの使用料金は1年で2,468円。

これで、このブログの10倍以上の記事を持っていても1日に百アクセス程度までのサイトなら運営可能なはずです。
 

ちなみに、
「souzou.net」というドメインの使用料金は1年契約で 1,080円。
 

以上の料金設定は例外的な安さがウリの業者のものなので、或る程度の技術力を持ったアマチュア達が趣味や実験としてホームページを運営しているケースが大部分だとは思いますが、………
 

業務用だったらこちら

一番安価なサーバーなら契約初期時の支払いが1年分で2万円弱、その後の維持費は1年に1万6千円。

ドメインの使用料金は1年契約で1,600円程度。

………これで私がWEB事業の顧客として考えている事業者向けホームページ用のサーバーとして十分以上に使えます。
 

 
私は先日、このサーバーに新しいドメインのサイトを開設しました。

費用は初期設定料金を含めて3か月分で1万円弱。

妹が支払ったカウンセリング料金の中には、この1万円弱のサイト開設費も含まれています。
 

妹の承諾を得る事ができたら
このサイトで妹の趣味である人形や手芸やアートフラワー等の実験的な展示販売を試みるつもりです。

私が考えているWEB事業の
最初の投資者であり顧客でもある妹の注文を承り、
妹と相談しながら、
仕立て屋感覚で彼女専用のインターネットショップを構築し運営していこうと思っています。
 

少々傲慢な言い方をお許し頂きたいのですが、………

そうした共同作業を通じて
妹の中に秘められているはずの様々な可能性を引き出し、開花させる事ができたら、………と考えています。
 

 
ホームページやブログを作成するパソコンはこちら
 
接続している光インターネット回線の利用料金は月に6千円弱。

こんな程度の資金でWEB事業を始める事ができます。………サイトの設立と運営に対する明確なビジョンと或る程度以上のノウハウさえ持っていれば。
 

 

インターネット初期の頃は事業用ホームページの作成と運営は高度な技術力を持っている専門業者の独壇場でした。

しかし、
現在ではお決まりの過当競争の時代に入っていて、古き良き時代のホームページの作成と運営のノウハウや技術では商売ができなくなるところまで来ています。

それでも初期の頃に多くの顧客を獲得している地方の零細業者は現在でも何とかやっていけているようで、

私がハローワークの求人情報で発見した募集案件も、そういうWEB業者から発せられたものだ、と推察できます。
 

 

……………………… 以上 ………………………………

ここまでの部分で私がお伝えしたかった事柄を以下の3点に纏めてみます。
 
 
① …… 「創造ネット計画」をスタートさせる事業として私が考えているのは「地元の中小企業を顧客としたホームページの作成と運用を請け負うWEB事業」である。

② …… 上記した意味でのWEB事業は極めて低額の資金で始めることができ、やりかたによっては直ちに非常な高収益が期待できる有望な事業である。

③ …… このWEB事業は「創造ネット計画」と不離一体の関係にあり、その事によってのみ非常な高収益が期待できる有望な事業となり得る。
 

 

前回の記事で私は敢えて上述したWEB事業を除外して「創造ネット計画」の説明を試みた訳ですが、………

それは「創造ネット計画」が単にお金を儲ける為だけの計画ではない事を、皆さんに先ず了解しておいて頂きたかったからです。
 

究極的には日本の未来を切り開く事に「創造ネット計画」の真の目的があります。

その可能性、
つまり、この計画が日本の未来を実際に切り開く力を持っているのだ、という事を投資する人々が心の底から納得できた時、「創造ネット計画」は本当の意味での実力を発揮し始めるはずです。
 

 

再び

……………………… 以上 ………………………………

時期尚早の感 無きにしも非ず、………ですが、………

ここまでに申し上げた事を前提として
前回お話した「創造ネット計画」に対する投資、或いは支払い、又は援助に関するルールと、それを設定した理由、……この2点について説明させて頂きます。
 

 
私は前回、次のような提案……と言うよりお願いを致しました。
 

先週の19日(木曜日)、
妹にカウンセリングを提案した時と同じ意味に於いて

今の私は読者諸氏に対して「創造ネット計画」を提案したい。

未来的、実験的ではあるけれど非常に現実的かつ具体的な事業計画である「創造ネット計画」への投資をお願いしたい。

いや、
現段階に於いては投資としてではなく
面白い遊び、或いはゲームに対する代価の支払いという意味で、でも構わない。

困窮してる私の経済状態に対する援助という意味で、でも構わない。

しかし、
それらの「支払い」や「援助」は最終的に「創造ネット計画」への投資に結びついていかなければ私にとって本当の意味は持ち得ない。

それらの「支払い」や「援助」を行っている人々の動機を最終的に「創造ネット計画」への投資に結びつけていく事が、その場合に於ける私の仕事になる、と考えている。

投資、或いは代価の支払い、或いは援助、に関するルールは次回の記事から展開していく予定のプレゼンテーションの冒頭でお示ししようと考えている。

 

私あるいは「創造ネット計画」に投資・支払い・援助をしてみよう、……とお考えの方は下記のアドレスにメールして下さい。

premium@souzou.net

文面は

「創造ネット計画」に ・・・円を投資します。
・・年・・月・・日
住所
氏名

として下さい。
 

住所・氏名の部分は匿名・ペンネームだけでも結構です。

メールを頂いた方には折り返し私の住所氏名と郵貯口座の番号をお伝えするメールを送信致します。

送金して頂いた事を確認したら、メールでその方の投資会員としてのIDとナンバーをお知らせします。

私の方では送金して頂いた方全てを投資会員として
投資会員毎に会員名・会員ID・および会員ナンバーと投資金額を台帳に記録します。

匿名・ペンネームの方は、とりあえずその匿名・ペンネームで記録しておきます。
 

 

………………………………………………………

ここから先は、今後の成り行き次第…と申し上げる他はないのですが、………
 

お寄せ頂いた投資資金の総額はブログの記事として皆様にお知らせします。

もしも
資金が全く集まらない、合計金額が少なすぎる、………というような場合には

今後の私の生活そのものが成り立たなくなるので

今月の20日頃までに、このブログ全ての記事を削除して「閉店」いたします。

送金して頂いた方へは、その旨を予め御連絡した上で返金致します。
 

逆に
投資総額が或る程度を超え
「創造ネット計画」の実現が可能だという見通しがついた場合には

「創造ネット計画」専用の銀行口座を設け、
お送り頂いた投資資金は全てその口座に入金して近い将来の株式会社設立に備えます。
 

当分の間、お送り頂いた投資資金は私の生活費として流用せざるを得ませんが、

その金額は「創造ネット計画(株)」仮称…からの借入金として私個人の会計に記録しておき、後ほど清算致します。
 

「創造ネット計画(株)」仮称…と私の関係は勤務先と従業員という形になります。
 

今のところ私が望んでいる給与は月に15万円程度です。

その給与支払いに
「創造ネット計画(株)」仮称…が耐えられるようになるのは何時頃になるのか、今の段階ではちょっと予想できません。

既にお話したWEB事業の顧客を獲得する事が出来て、そちらからの収益を見込めるようになれば「創造ネット計画(株)」仮称…は意外に早く採算の合う事業体に成長するかも知れませんが、………

……全ては今のところ只一人の社員である私の努力次第、……と申し上げるしかありません。
 

 
尚、
これは当然の事ですが、
「創造ネット計画」に関する全ての会計処理は会員の方々に対して完全にガラス張りの形で公開します。

「創造ネット計画」の運営方針は
このブログ上での議論を始めとした会員の方々の衆議の結果に従うものとします。

現在ではインターネット上での会議や議決には様々な便利な手段が開発され提供されているので、それ等を活用すれば新しい形での民主主義的な企業運営は十分に可能なはずだ、と私は考えています。
 

 
もう一度

……………………… 以上 ………………………………

時期尚早の感 無きにしも非ず、………ですが、………

それにも関わらず
「創造ネット計画」に対する投資、或いは代価の支払い、或いは援助、に関するルールを御説明したのは

この説明それ自体が「創造ネット計画」のプレゼンテーションの初期段階に必須の事項だと判断したからに他なりません。

ここまでの説明を「創造ネット計画概論 …… ① 」という事にさせて頂いて、今回のプレゼンテーションを終了致します。
 

 

付記 …… ①

今回お話した事、特に投資に関するルール以降の部分は現時点で私が考えている案に過ぎません。

この案に疑問や問題を感じた方がいらっしゃったら御指摘いただけると有難いです。
 

それ以外にもブログ内の全てに記事に対する御意見をお待ちしています。

私の記事はリンクを多用しているのでリンク切れの可能性もあると思います。この点につきましても御指摘頂けたら、………と存じます。
 

御意見・御指摘は
前述のアドレス「premium@souzou.net」にメールして頂くか
又は、ブログ内の記事に対するコメントとして投稿頂いても結構です。

いや、
メールよりもコメントの方が気楽だし便利かもしれません。

ブログ内の、どの記事に対してコメントなさってもブログのシステムから私(ブログの管理人)宛のメールが自動的に届くので見逃すことはありません。
 

コメントがあった場所や内容は私(ブログの管理人)にしか分からないようになっています。

投稿頂いたコメントは私(ブログの管理人)が承認するまでブログ欄には表示されません。

コメントとして表示される事を望まない方は、冒頭に「非表示希望」と記述して頂けば、そのように対応させて頂きます。
 

 
最後にもうひとつ。

今後もしも「創造ネット計画」が存続し発展できる見通しが生じた場合の話……なんですけれど、………

その時に
このブログを共同で執筆して下さる方がいらっしゃると有難い、……と思っています。
 

以前から私は、このブログを新聞とか週刊誌とか月刊誌のような形へと発展させる事ができたらいいな、……と考えていました。
 

私の文章には独特の癖があります。
何を書いても哲学っぽくなってしまうのです。

それが良い場合もありますけれど、……そんな理屈ばかりの文章は大嫌いだ、という方も世の中には大勢いらっしゃいます。

記事の内容にしても、私が得意とする分野は限られています。当然の事ながら苦手な分野の方が多いです。
 

………というような次第でして、………
 

日替わり、とか週替わり、とか……

分野別という事で地域のニュース、とか芸能スポーツ、とか………
このブログ内で役割を分担して執筆して頂くのもアリですし、

別のブログとのコラボレーションという形も面白いかな、………と考えていたりします。

コラボのコンセプトとしては「日本の未来を考える」……なんかを「考え」ているんですけど、………

ちょっとオーバーで理屈っぽ過ぎるかもしれません。
 

 
いずれにせよ、
今後もしも「創造ネット計画」が存続し発展できる見通しが生じた場合、その件につきましても御協力いただけると非常に有難いと思っています。
 

 
更に先の事を申し上げるなら、
私としましては近い将来、このブログ執筆の一線から離れて編集者の立場に身をおけたら、………と考えています。
 

当面の事だけ考えてみても、
「創造ネット計画」を軌道に乗せる為には顧客企業様HPの企画・作成や新規顧客開拓の為の営業等、WEB事業への注力が必要不可欠です。

最初の内は、それらの活動に関する試行錯誤が記事のネタになるはずですが、……

試行錯誤が完了してWEB関連の仕事の全体が一定の作業パターンとして完成した後は、私的には記事のネタがなくなる訳ですし、更に先の事業展開の準備を開始しなければならなくなる、という事情も発生します。
 

 
………………………………………………………
 

………というような次第で、

私としましては、
もしも万一、
「創造ネット計画」が本格的に全国展開を開始するような事になった場合に備えて

現在の私が行っている作業を引き継いで下さる方を早い段階で「育成」しておく必要を強く感じている、………というのが正直なところです。
 

 
………等と、
敢えて非常に思い上がった傲慢な言い方をさせて頂きましたけれど、………。

なにしろ先の先まで考えないと気がすまない性分なんですよね、………私も。

そんな思いもあって、今の時点から共同執筆者の方の参加を是非ともお願いすべきだ、と考えております。
 

 
………以上
このブログ関係のお願いを追加してみました。

よろしくお願い致します。
 

 

付記 …… ②

上記の記事を書き終えてから、私の心に或る疑問が湧き起こってきました。

その疑問を突き詰めていくと「信用」或いは「信頼」……という2つの言葉に行き着きます。
 

 
今回の記事で私が言っている事、
特に ……「『創造ネット計画』に対する投資」の部分で申し上げている金銭関係の約束」を …… 皆さんは信じていらっしゃるでしょうか?

その意味で私という人間を信頼できる ……と 感じていらっしゃるでしょうか?
 

信じられない、信頼できない、……と 思っていらっしゃるとしたら、それは何故なのでしょう?

信じられる、信頼できる、……と 感じていらっしゃるとしたら、それは何故なのでしょう?
 

 
人が人を信じる、人が人を信頼する…… という事は、どういう事なのでしょう?
 

…… こういった疑問についてインターネット上の情報を調べてみて次の記事を発見しました。


「信用」と「信頼」の違いをご存知ですか?

 

この種の疑問に関する幾つかの「科学的・哲学的な考察」を紹介している記事を以下に「御紹介」します。


社会学・社会心理学・心理学における信頼

 

この辺りの疑問および、この疑問に関する考察は「創造ネット計画」の本質とも深く関わっている疑問であり考察ですので、………

次回のプレゼンテーションでは、「信用」と「信頼」について可能な限り分かりやすく面白い記事として御説明させて頂きたいと思っています。

その説明を出発点として、今後の「創造ネット計画」の事業展開について具体的にお話しを進める事ができたら、……と考えております。
 

 

………background music………

スウィング・ジャズの代表曲「シング・シング・シング」
解説ページ

原信夫とシャープス&フラッツが演奏する
★ シング・シング・シング(動画) ★

サイレント映画の背景に流れている
★ シング・シング・シング(動画) ★

ベニー・グッドマン楽団★ 東京公演(動画) ★

 

ジーンクルーパーのドラムソロについて
(ウィキペディアより引用)
ベニー・グッドマン楽団で数々の名演を残すが、
中でもシング・シング・シングでの黒人が叩いているような
プリミティブでアフリカ的な激しいドラムソロは、
ジャズにおけるこれまでのドラムの位置づけを覆す一大センセーションを巻き起こした。
そして、それまで伴奏楽器としての扱いに過ぎなかったドラムをフロントのスター楽器に押し上げ、
ソロ楽器として確立させることに多大な貢献をした。
★ ジーンクルーパーの紹介と彼が主役のシング・シング・シング (動画) ★
ベニー・グッドマン楽団(ジーンクルーパーがドラムパートを務めていた頃)の演奏で★ シング・シング・シング (動画) ★
ジーンクルーパーVSバディ・リッチVSサミー・デイヴィスJr★ ドラムバトル(動画) ★

 

ジャズの源流の地と目されているニジェール川上流地方
アフリカ・ギニア共和国・カンカン県・バロ村
の様子を撮影した有名な動画の紹介記事
上記でリンクしたページからの引用
「生活はリズムと共にある。リズムは止むことはない。Foli はマリンケ族の言葉でリズムを意味する。Foli は、踊りや太鼓の中にある音楽のリズムよりも遙かに大きな意味を持つ。」
「それは、バロの日常生活すべての場面に存在する。このフィルムを通して、あなたはリズムを見ることができる。このフィルムは、単なる映像と音の組み合わせではない、そこにはリズムの大切さを思い出す何かがある。」
★ 子供たちの遊びから祭りのクライマックスまで ★
★ 子供たちの踊り ★
★ 動画全体(10分50秒) ★

 

 

創造ネット計画概論 …… 序説

 
先週の17日(火曜日)から20日(土曜日)までの日々は私にとって命を賭けた4日間だった。

提案を巡る妹との交渉は困難を極めたけれど、自分が出来る限り説得の努力を続けた。

努力の結果に対する拘りは全くなかった。
文字通り「御心のままに」……という気持ちで妹の決断を待った。
 

私の説得力などは高が知れている。
それよりも妹の人柄によるところが大きいとは思うが、………

幸いにも20日(金曜日)に彼女の承諾を得る事が出来た事の意味は語りつくせないほど重大だ。

………当然だろう、
妹が7万円を出してくれなかったら遅くとも今週の25日(木曜日)に私が死出の旅路へと出発する事は確実だったのだから………。
 

 
だがしかし、………
………こんな事を言うと妹に怒られてしまうかもしれないけれど、………

妹の承諾以前に
あの4日間の「命を賭けた説得の努力」という体験それ自体が私にとって別の意味で語りつくせないほど重大な意味を持っている。

いや、それだけではない。
昨年末からの約1ヵ月間に渡る絶対的弱者としての社会的経験全体の重みを今の私はしみじみと感じている。

過去数十年に渡る自分の生き方の問題点を根本的なところから問いただされ続けた1ヵ月だった。

妹との厳しい交渉を続けていた4日間は、その経験のクライマックスに他ならない。
 

 
優しさ、同情、厳しさ、冷淡さ、無関心、………様々な人々の様々な反応や対応に人の心の真実を感じ続けた1ヵ月でもあった。
 

 
倒産した経営者とか、重要な役職から追放された政治家とか、年老いて家族全員から見放された家長とか、………

絶対的弱者としての社会的経験の苦しみは、それを実際に体験した者でなければ決して分からない一面がある。

その重さに耐え切れずに自殺する人も数多くいる。
 

………………………………………………………

 
………等と、今の私は呑気な事を言っていられる立場ではない。

妹のおかげで最大限あと1ヵ月弱の生存は可能になった訳だけれど、その先の保証はない。

再び、
だがしかし、………

自分の生存が可能かどうか、
そんなところに問題の本質がある訳ではない。
 
 
私は自分が信ずる武士の道に生き、死んでいく覚悟を固めている人間だ。

妹といえども他人の情けにすがってまで生き続けるつもりはない。

だから私は妹に1ヵ月のカウンセリングを提案した。

そのカウンセリングに対して
1ヵ月後の妹が7万円以上の価値を実感できなかったら

私は武士として生きていく資格のない人間だと自分の事を判断する他はない。

………こう断言するだけの自信と覚悟があるから私は妹に1ヵ月のカウンセリングを提案したのだ。
 
 
今現在の妹が私の提案の意味をどう考えているかは分からない、
………というより分かっているけれど、

その事だけは心に留めておいてほしい、古い奴だと笑わずに。
 

 

……………………… 以上 ………………………………

 

 
ここまでは24日(火曜日)からこのブログを読み始めているはずの妹に対する伝言であり、

ここから先の文章では、
このブログを御覧頂いている、……かもしれない読者諸氏に対する伝言あるいは提案を行ってみたい。

伝言あるいは提案のタイトルは「創造ネット計画概論 …… 序説 」
 

 
「創造ネット計画」全体の内容を極端な表現として言い切ってしまえば

「現在の一般的な日本人の生活意識を根底の部分から変革する事によって日本の未来を切り開く計画」

………とでも言い表す他はない。

とんでもない事を言い出す奴だ、と
お思いだろうけれど

心を静めて以下に申し上げる私の理屈を冷静に考えて頂きたい。
 

 
世界の全人口に占める経営者および資本家の比率は決して一定の割合を越える事はない。

日本だけではなく
普通に働いている大部分の一般的な人々の生活意識は

「経営者」のそれではなく「従業員」としての心理心情

「資本家」のそれではなく「労働者」としての心理心情によって満たされている。

こういう状況下に於いて今後の世界を考える時、
全人口に占める実質的な経営者および資本家の比率を飛躍的に高める事に成功した国の未来は非常に明るいものになるはずだ。

高い教育水準、高度に整備されたインフラ、
特殊な歴史を持った独特な国民の気質、
政治、経済両面に於いて追い上げられ追い詰められた国際的な立場、………

あらゆる面から見て
現在の日本は、そういう国へと進化し変身する可能性を秘めている。

全人口に占める実質的な経営者および資本家の比率を飛躍的に高める事に成功した国へと………。

そう私は考えている。
 

 

 
「創造ネット計画」の原点は23年前、1994年2月に書いた「創造する民衆の時代」という論文にある。

それ以降、私は何度も何度も「創造ネット計画」を世に問おうとしてきた。

最初のブログは今から10年ほど前、2006年07月に立ち上げた。

序文はこちら

このブログは誰からも読まれることなく御覧のように立ち枯れたまま現在に到っている。
 

その3年前に全盛期の「2ちゃんねる」にスレを立ち上げた経験もある。

この時は或る程度まで盛り上がり、「ひろゆき」が降臨する場面もあったりした。
 

今から8年前、2009年12月に「21世紀人志向」というブログを立ち上げた時も色々な事情があって、かなり盛り上がり、多くの人々に注目された時期もあった。
 

自治会にも提案を試みている。
最初の提案は今から組長会提案インターネット見本17年前の平成11年(1999年)

次の提案は
約3年半前の平成25年(2013年5月) 当地方の自治会長を務めた時に行った。
自治会長_新米_はつらいよ 
 

全ての提案が失敗に終わった後、昨年の5月17日に、このブログを立ち上げた。

 

 
このブログはこちらの記事にも書いたように、或る女性に向けた、しかもFXに関する考察を主たる目的としたブログとして出発した。

プロのFXトレーダである彼女に「深い教養に裏打ちされた、本物の愛を知っている、本物の女性」になってもらいたかったからだ。

何故か理屈抜きにそう思った。

もちろん、そういう部分もあるにはあったろうけれど、恋愛感情、というのとはちょっと違うと今の私は考えている。

子供のいない私が、
今まで自分が生きてきた過程で得られた「何物か」を確実に伝える事の出来る相手が欲しかったのかも知れない。

彼女は心理的に幼くて社会的に非常に危険な状態にある、……と確信していた、……という事情もあった。

自分がFXをマスターしたら、一緒に「創造ネット計画」を立ち上げて、華のある彼女に代表を務めてもらいたい、という現実的な思惑もあった。

ともかく、自分の全霊を尽して語りかけるだけの価値がある可能性に満ちた女性だと考えていたし、その考えは今も変わってはいない。
 

そんな意図から出発した、このブログだったのだが、………

 

 
この記事を書き終えた時点で、
彼女に関する限り自分としてやれるだけの事はやり尽くした

………という実感が何故か湧き上がってきて、

それ以降、このブログに向う私の姿勢は根本的な部分から変化し始めたようだ。
 
 
何故そうなったのだろう?

そろそろ生活資金が底をつき始めている、………という事情もあったのかも知れないけれど、

実際問題として

「上記した記事には彼女に対して自分ができる究極の助言が表現し尽されている」
という判断が最も大きかったと思う。

その時の私は
それ以上、上から目線で彼女に語りかける事が出来なくなってしまっていたのだ。
 
 
全体として言える事は、
その時点で、それまでの私が持っていた「人間としての表側の力」は全て使い果たした、………という事なのだと思う。

後は、その「表側の力」の裏にあった様々な問題点が次から次へと浮かび上がって来るのが状況の流れの必然だったのだ、と思う。
 

 
………こんな事を言うのは早過ぎるのかもしれない。

しかし、
苦しかった昨年末以降、今日までの1ヵ月は、自分にとって非常に大きな体験を与えてくれた貴重な期間だったと思う。

或る意味では決定的な期間だった、と断言しても良い。

たとえこのままの状態で自死に向わざるを得ない結果に終わるとしても。

今までの自分の人生の裏側にあった問題点の全てを確実に見届けることが出来たのだから。

人の心の真実を見極める事が出来たのだから。
 

 
もしも私がFXをマスターした上で「創造ネット計画」の実現に向っての行動を開始していたとしたら、

それは今の私が考えている「創造ネット計画」とは全く別のものとして、別の形をとって進行し展開して行ったに違いない。

そして、何時か必ず破綻の時を迎えたに違いない。
 

 
殆ど全ての人々は成功者、実力者、権力者の前では決して本当の姿を見せない。

そして、その事実を自分自身に対してさえ隠し続けている。

人の心の真実は「自分自身を含めた絶対的弱者」の前にしか現われないものなのだ。

未来を切り開く人間の本当の力は、その瞬間に現れた心の真実の中にしか存在し得ないものなのだ。
 

昨年末から次々に襲いかかってきた困難の裏側にある「コンステレーション」の本当の意味は、この真実を自分に教える事にあったに違いない。
 

 
………こういう考えの下に今の私は「創造ネット計画」の実現に向っての現実的な努力を開始しようと思っている。
 

 

再び

……………………… 以上 ………………………………

 
先週の19日(木曜日)、
妹にカウンセリングを提案した時と同じ意味に於いて

今の私は読者諸氏に対して「創造ネット計画」を提案したい。

未来的、実験的ではあるけれど非常に現実的かつ具体的な事業計画である「創造ネット計画」への投資をお願いしたい。
 

いや、
現段階に於いては投資としてではなく
面白い遊び、或いはゲームに対する代価の支払いという意味で、でも構わない。

困窮してる私の経済状態に対する援助という意味で、でも構わない。

しかし、
それらの「支払い」や「援助」は最終的に「創造ネット計画」への投資に結びついていかなければ私にとって本当の意味は持ち得ない。

それらの「支払い」や「援助」を行っている人々の動機を最終的に「創造ネット計画」への投資に結びつけていく事が、その場合に於ける私の仕事になる、と考えている。
 

 
投資、或いは代価の支払い、或いは援助、に関するルールは次回の記事から展開していく予定のプレゼンテーションの冒頭でお示ししようと考えている。
 

 

コンステレーション …… ③

 

 
前回の記事の結論は以下の通りだった。

………………………………………………………

「具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラム」を完全に仕上げた後

それを粛々と実行していくこと以外にはありえない。

………………………………………………………

………という訳で、
具体的に身辺の整理をする最初の段階として、弟と妹に連絡して「事後処理」の相談を行った。

ありのままに現在の自分の状態を説明して彼等の反応と対応を受け止めながら感じたのは、やはり「コンステレーション」だった。

特に妹は大きな生活の変革の時期に差し掛かっている、………という風に私には見えた。

妹……と言うより、「妹」と「25歳になる妹の息子」の前に開けている巨大な可能性を具体的にハッキリと強く私は感じ取った。
 

 
………という事で、

今後の私の行動に関する結論から言うと、

① ……… 妹から7万円の資金援助を受けて、自殺の決行を1ヶ月先延ばしにする。

② ……… その間に週1回のペースで妹と1時間程度の話し合いを行う。

③ ……… その話し合いの結果によって、それ以降の私の行動の基本的な方向が決まる事になる。
 

 
妹には妹の考え方があるだろうけれど、
妹との「話し合い」に対する私の意味づけと考え方と姿勢は「彼女に対するカウンセリング」だ。

「彼女に対するカウンセリング」を前提としての「話し合い」を私は妹に提案し、

5日間に渡る断続的な厳しい交渉の後に妹は私の提案に同意し、今日の昼過ぎに7万円を支払ってくれた。
 

 

上記の決定についての説明を以下に試みてみたい。

 

 
最近の私は自身の生存を賭けて職探しの為の面接を重ねてきた。

最初はハローワークの仕組みさえ知らない全く無知な状態から始まったのだが、………

試行錯誤を重ねる内に、
個人的および社会的な意味での「職探し」という行為の本質を理解するに到って私は職探しを断念(卒業)する事にした。

現在の私にとって、「職探し」は現実社会に対する屈服の第一歩に過ぎない事を痛感させられたからだ。
 

仮に職を探すことが出来たとしても、本当の能力を生かすことができない手足を縛られた状態の中で自分を見失ってしまう他はない。

若い頃ならいざ知らず。
………それが73歳という年齢の体力的および社会的な限界であり、現実だ。

そういう状況の中で今までの自分の主張の意味や価値を私自身が否定せざるを得なくなる、………と判断した。

………だから私は自死を選択したのだ。
 

 
一方、………
73歳の老人の職探し体験には上述したような否定的な見方とは真逆な解釈の仕方もあり得る。
 

私は今まで社会というものを大所高所から理論的にしか眺めてこなかった。

その私が絶対的弱者の立場から現実社会へのアプローチを続けなければならなくなった訳なのだが、………。

その体験の中で私が得ることの出来た情報の量には莫大なものがある。

何も知らない若者が訳も分からないままに多数の企業への就職活動を続けていた訳ではないのだから、………。
 

最初は独立行政法人の地方支部の総務課長氏との面接。

次は200人規模の事業体の経営責任者氏との面接。

3番目は60人規模の企業の経営責任者氏との面接。

………何等かの偶然が重なって私は3つの異なったタイプの事業体の責任者との厳しい面接を体験する事ができた。
 

面接に向う前には当該事業体に対する徹底的な事前調査をインターネットで行った。

履歴書や経歴書を作成しながら過去の自分の行動の社会的な意味についても徹底的に考えさせられた。

面接の場で得られる情報については以前の記事にも書いたけれど、面接の結果として先方から頂いた反応にも人間的な経験として深く考えさせられる事が多々あった。

 

………上記した主要な面接以外にも
ハローワークのインターネットサイトでの多数の募集情報の検索と調査と電話での問い合わせといった体験から得られた現実的な情報の量は莫大だったとしか言いようがない。
 

 
それら最近の職探し体験の結果として
弟や妹との「事後処理」の為の話し合いを行った時の自分には、過去の理論的な社会理解に裏打ちされた現実社会に対する高度で実感的な認識が蓄積されていた、………はずだ、と私は考えている。

そういう私の前に
巨大な可能性を持っている「妹」と
「25歳になる妹の息子(私の甥)」が
事の本質を理解しないままの状態で現れたのは単なる偶然にしては余りにも出来過ぎている。

私自身の運命の転換点と妹と甥の運命の大きな転換点がシンクロナイズしているのだ、………としか私には考えられない。
 

 
或る面では特殊な苦労をしてきた
特殊な感性の持ち主ではあるけれど
全体として妹は慎ましく普通の生活の中で普通のありふれた夢を抱いている普通の女性であり母親だ。

私のような生き方を理解することは出来ないだろうし、私も理解してもらおう等とは思っていない。
 

それ故に
今回の「事後処理」に関する話し合いの当初に見せた彼女の姿勢は非常に厳しいものだった。

死にたいのなら死んだらいいんじゃない?
 

弟の姿勢は更に厳しかった。

兄弟は他人の始まり、………と言い
他人の不幸は蜜の味、………とも言うけれど、

弟には私の困窮を喜び私の死を望んでいる気配さえ感じられた。
 

事ここに到るまでには兄弟家族間の長い長い歴史的な過程が積み重なっている。
 

 
………そうした状況の中で私は彼・彼女と話し合いをしなければならなかった。
 

 
最終的に妹が私の提案を受け入れてくれたのは

長く厳しい話し合いの末に

我が家の長男としての私の「父母や弟や妹に対する愛」を実感してくれたからだ、………と今の私は感じているし考えている。

それ以上でもなければ、それ以下でもない、………と。
 

 

………………………………………………………

 
………というような次第で、
これから1ヵ月に渡って行われる予定の「妹との話し合い」に於いて

私が直感している
「妹」と「25歳になる妹の息子」の前に開けている巨大な可能性は

現在の妹本人には何の意味もない。むしろ危険物だとさえ言える。
 

それを受け止めるだけの器のない者にとって「巨大な可能性」は「巨大な重荷」に他ならない。

無理に挑戦すれば自分自身だけではなく周囲の人々にも迷惑を及ぼす結果に終わる。

それについては私自身が身をもって体験してきた事だ。
 

 
今後の「妹との話し合い」の中で

私は現在の自分が感じている「巨大なコンステレーション」の正体を見極めながら妹と自分にとって最も適した将来を模索して行こうと考えている。

前回お話した三島由紀夫的な意味での「私の自死」を含めて。
 

 
 

 

やはり予定どおり………。

 

 
今週一杯、可能な限りの努力をしてみたのだが、………
事態は一回りして去年の12月10日のこの状態に戻ってきた。

心理状態も当時と同じ………
いや、
約1ヵ月の試行錯誤の結果として自分の「詰み」は避けられない事実だという事がハッキリした分、気持ちが強まっている。

死に対する恐怖感はないし
やれるだけの事はやり尽くした、と言い切るだけの自信があるから
むしろスッキリとした清々しい気分でさえある。
 

母の死を覚悟した時の事を思い出す。
母の苦しみを見ている事に耐え切れずに担当してくれていた医師に電話した時、彼から受けた説得を、………。
 

ここで母を入院させたら、それまでの私の努力は全て無に帰する、………と彼は力説した。

当時の様々な事情から母を入院させる事は病院としても迷惑以外の何物でもない、………という理由もあったのだろうけれど、………

現代日本の医療制度の枠の中で、異端ともいえる母に対する私の介護方針に可能な限り協力してくれた彼の言葉は、やはり心に沁みた。

圧倒的多数の人々の多様な死と接してきた人の言葉には逆らい得ない重みがあった。
 

ところで、
今回の状況に於いて私を説得したのは医師ではなく「コンステレーション」だった。

仕事探しの毎日の中で私は出会った全ての「コンステレーション」を見誤っていた。

出会った全ての「コンステレーション」との勝負に私は敗北した。

73歳の老人がパート労働先を求める、という事に対する世間一般の常識的感覚を覆すだけの説得力を私が持っていなかった、………とも言える。

今の私には、出会った全ての「コンステレーション」が敗者としての自分に死ぬ事を命じている、という実感がある。
 

これ以上、見苦しく生きる為だけの行動を続けたら、今までの私の努力は全て無に帰する。

見苦しい行動をせずに、しっかりと運命を受け入れて正しく死ぬべし、………という心の底から湧き上がってくる強く深く冷静な意志を感ずる。
 

 
私は世界や日本の近未来に対する或る種の思考や直感を持っていて、その思考や直感の可能性を信じている。

それを信じ育てる事のできる人間は私以外にいるはずはないとも考えている。

私は自分の内にある思考と直感と、それに伴って生ずる計画→「創造ネット計画」の唯一無二の理解者なのだ。

しかし、………
 

確かに私は「創造ネット計画」の可能性を信じてはいる。

その私が私という人間の現実適応能力を信じることができなくなっている。

「創造ネット計画」を現実社会の中で育てていく力は自分にはない、………と判断し始めている。

自分の愚かさ醜さ力不足を正面から見つめ受け入れて正しく死ぬべし、………と。
 
 

もしも、ここまでこのブログを読んでいらっしゃる人がいたとして、
その人に対して今の私に出来ることは
正しく、そして可能な限り美しく死んでみせる事しかないと思う。
 

母を看取った時に私が理解した意味での神がイエスを通じて人間に示した真実と比べるのは余りにも傲慢な例えだけれど、………

私という人間の心の真実、

つまり、
このブログの全ての記事の底に流れている
私という人間の心の真実、

を示す為に今の私に出来る唯一の方法は自分の命を生贄として差し出す事。

それ以外にはない、………と考えている。
 

 
日本には武士が自分の心の真実について証を立てる手段としてとして切腹という古来から伝わる方法がある。

私は三島由紀夫ではないので流石に割腹までするつもりはないけれど、………。

御家再興に向けて全ての努力を尽した後、切腹によって従容として死に赴いた大石内蔵助の美学に心酔している面はある。
 

 
………という事で、………今後の私が取り得る行動は
 
前回の記事に書いた

「具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラム」を完全に仕上げた後

それを粛々と実行していくこと以外にはありえない。
 

 
このブログについては、
こういう記事を書く事に問題を感じない訳ではないのだけれど、やはり今までの行きがかり上、ここまでは書いておくべきだと判断した。
 

この後の処理および成り行きは先ほどの記事に書いた通り。
 

「詰んだ」という判断が下された場合は、
これ以上ブログ更新はせずに1~2週間後に全ての記事を削除する。

 

サイトはサーバーとの契約が切れる来年の6月4日まで記事なしの状態で残って、その後はサイト自体がネット上から消えていく事になる。

 

「souzou.net」という貴重なドメインも来年の6月4日に契約が切れる。

 

コンステレーション …… ②

 

 
このブログは「今のところ誰も見ていない……ことになっているブログ」だ。

けれども、やはり誰かに読んでもらいたい、何事かを訴えたい、伝えたい、……その為に、このブログを書き続けよう、……という思いも本音だったし今も本音であり続けている。
 

 
或る女性に対して自分が感じている「重要な真実」を、どうしても伝えたい、……という切実な思いから始めたのが、このブログだ。

色々な事情があって、
そういう目的を達する為には 「誰も見ていない………ことになっている」形 で記事を進行させるのが最も理にかなっている、という判断から始めたのが現在の奇妙な形式の出発点だった。
 

インターネットの世界では時として思いがけない経歴や思いがけない能力を持った人物と遭遇する事がある。

35年以上前、東大の工学部を卒業してシリコンバレーで当時最先端のCGプログラムの開発に携わっている若い男性が私に語りかけてきた時の事を思い出す。

インターネットが始まったばかりの頃のネットニュースの世界での出来事だった。

それから少し後、2ちゃんねるの最盛期、私が立てたスレに「ひろゆき」が降臨した事もあった。
 

先ほど書いた
「自分が感じている『重要な真実』を、どうしても伝えたかった或る女性」
と遭遇したのは今から7年ほど前、既にブログが全盛期を終えつつある頃だった。

30歳前半、いや、ひょっとしたら40歳台?
東京都在住、長身の美人( 自称 )
当時のFXブログランキングで常に1位の座を確保している人気ブロガーだったし「2ちゃんねる」でも専用のスレが立っていて彼女を巡る話題が沸騰していた。

「FXは最初40万円でスタートし約1ヵ月半で300万になりましたが、そこからはロスカットやら自信喪失やらで長い暗黒時代を経験。その後はなんとか暗黒時代を抜けて、現在は都心の一戸建てが2個買えるくらい」

………これがFXに関する当時の彼女の実績という事らしく、それは確かに真実だと感じられた。

東北大地震の際には愛車のハーレーを駆って親友の安否を尋ねて回り、確か1千万円を国に寄付した!………とか!

とにかく非常に変わった、とんでもない性格の、とんでもない女性だった。
 

私が当時公開していたブログで彼女のブログの紹介記事を書いたら思いがけない形で返信を受けたのが彼女との関わりの始まりだった。

それ以降、彼女のブログと私のブログとの間で展開された「衆人環視の奇妙な勝負」は2年ほど続き、多くの人々が興味津々で成り行きを見護っていたものだった。

2年ほど経過した後、「勝負」は彼女のブログの突然の中断という形で幕切れとなり、私のブログも本当に誰も見ていないブログになって終了せざるを得なくなった。
 

………中断されていた彼女のブログが活動を再開した事を知ったのは今から3年半ほど前のことだ。

それ以降は彼女のブログに公開・非公開のコメントを私が投稿するという新しい形の関わりが2年近くに渡って続き、一昨年の7月に再び彼女のブログが中断する事によって、その関わりも終了した。
 

 
その内容や動機の詳細を簡単に説明する事は不可能だけれど、私には彼女にどうしても伝えておきたい思いや事柄があった。

「どうしても伝えたい思いや事柄」を彼女に伝えるために始めたのが、このブログだった。

私自身の経済的事情からFXを本格的に学ぶ事にした、という経緯もあった。

FXの実力を身に付けて、いつか彼女との「勝負」を再開したいという気持ちもあった。
 

 
色々な事情から考えて、最近まで彼女がこのブログを読んでいることは確実のように感じられた。

しかし、昨年の11月末にこの記事をアップして以降、何かが大きく変化し始めた事を私は感じている。

彼女の心が変化しているように感じられる事は確かだ。

けれども、それ以上に私自身の心が大きく変化している、………と私は考えている。
 

どうしても彼女に伝えたかった思いや事柄は上述した記事を書き終えた時点で伝え終わったのだ、………と今の私は感じている。

それ以降の私の文章は大きく変化した。
その事が私自身の心が大きく変化した事実の何よりの証拠だと今の私は考えている。
 

……………………… 以上 ………………………………

 

………………ここまでが、このブログを書き始めてから現在に到る事情の説明である。

今後は彼女に対してだけでなく、彼女を含めて自分に縁があるかもしれない人々に読んで頂く為に、このブログの記事を書いていこうと思っている。
「誰も見ていない………ことになっている」実験的ブログとして。
 

 
………という事で今までの記事に一区切りつけて、
このブログを初めてお読み頂く方々に現在の私の生活状態をお伝えする事からスタートして、今後の記事を展開していこうと思う。

この記事のタイトルが何故 「 コンステレーション …… ② 」 になっているのか、という事情も以下の文章をお読み頂けば納得して頂けるのではないかと考えている。
 

まず、
FXについて言うなら、現在の私はそれをほぼ完全に「理解」できている……と感じている。

もちろん、本番トレードを開始して最低限(月10万円ほど)の利益を確実に得る程度、……という意味での「理解」ではあるけれど、

今の自分に欠けているのは、その理解をデモトレードで確認する為の半年程度の期間と、20万円程度の資金準備だけだ、………と考えている。

しかし、欠けている部分は絶対かつ決定的だ。

20万円程度の投資資金の準備はおろか、あと1ヵ月の生活そのものを維持していく金もなくなっているのが現在の私だ。

私は働き口を探しに職安に行く他はなくなった。

けれども、
その事実より、そうした現実を招き寄せたこれまでの私の生き方の根幹の部分にある考え方やものの感じ方は更に問題だ。
 

 
だから、働き口を探しに職安に行く他はなくなった事それ自体は、むしろ現在の自分に与えられた反省的思考に対する絶好の機会なのだと思っている。

しかし、やはり現実は厳しい。働き口はみつからない。

そうした絶体絶命とも思われる窮地の中で救いの神とも思われる最初の募集先が現れて面接にまで漕ぎ着ける事ができた。

奇跡的とも思える状況に私はコンステレーションを感じていた訳なのだが、………
 

最初の面接は失敗に終わり、
前回の記事に書いていた2回目の面接も失敗に終わった。
運命の女神は更なる反省を私に求めているのだ。
 

最近の私は失敗する度に自殺を考える。
漠然としてではなく非常に具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラムを工夫し続ける。
 

以前から分かっていた事だが、
死に向う具体的な準備をする事は、死に対する漠然とした恐怖を克服する上で最高の手段だという事実を改めて確認させられる。

死というものを具体的に身近に詳細に観察する度に、訳の分からない不思議な気力が私の心身の底から湧き上がって来る。

しかし、その気力は本物なのだろうか?
 

今現在の私には別の面が見えてきている。

今まで受けた2度の面接に失敗した後の自分の心の動きを振り返って見えてくる事がある。
 

死の準備をしている時の私は非常に傲慢な心理状態にいたのだ、という事だ。

その時の私は、
死を恐れない自分に陶酔していたのだ、………としか考えられない。

誰からもまともに相手にされなくなってしまったのは、過去から現在までに到る私自身の行動の当然の結果であるにも関わらず………。
 

そうした事実を棚に上げて
自分の弱さ愚かさ醜さを認めようとせずに自分の言い分は絶対に正しいという思い込みの只中にいた。

このブログを書くという行為も、そのような自己正当化の為の重要な手段だった。
 

今まで見えていなかった自分の弱さ愚かさ醜さが本当に見えてきて、分かってきて、納得できた時、………

自分に与えられた「コンステレーション」を本当に正しく感じ取り理解し、それを受け入れる事ができた時、………

何故か不思議な出来事が起こって、その事を知らせてくれる。

………そんな小さな何気ない出来事が先ほど私の身に生じた。
 

………事実を言ってしまえば、
最近どうしても直すことができなかったパソコンの不具合が何故か急に回復した、………というだけの事なのだけれど、………。

それが私には、どうしても不思議な偶然としか感じられないのだ。

いままで絶対に認めようとしなかった自分の弱さ愚かさ醜さを本当に理解し受け入れる気持ちになった時、何故か突然パソコンが不具合から回復してくれた………というだけの事なのだけれど。

その小さな出来事が私には神の赦しの現れとしか感じられない。
 

私は今、極めて自然な当たり前の事実として自分に与えられた「コンステレーション」を受け入れる事ができる。
 

 
このブログを始める動機を与えてくれた女性に対する最後のメッセージを伝え終えた直後から私は自分に与えられた新しいコンステレーションの只中に入り込んだに違いない。

いや、宇宙にも例えられる広いインターネット空間上で、このブログを始める動機を与えてくれた彼女と出会ったという7年前の偶然こそが私の人生に与えられた最大のコンステレーションなのかもしれない。

このブログを、ここまで書き進めてきた今、
目の前に見えている非常に困難な世界情勢
ここに到る原因となっている人間という存在の本質を考える時、
私は近未来の日本社会に於いてプロの物書きとしての立場が自分に与えられる時が来ることを切に願わざるをえない。

生き続ける事さえ出来たなら………。

何等かの形で生き抜いて、このブログを書き続ける事さえ出来たなら………。

生き抜く事によって、今までの自分に欠けていた現実面での生活能力を獲得する事さえ出来たなら………。
 

 

……………………… 再び 以上 ………………………………

最後に前回の記事で紹介した「コンステレーション」に関する3つ記事の中の一つのリンクを再掲して今日の記事を終了したい。

「共時性(シンクロニシティ)」とは?~意味ある偶然の一致~

個人は誰でも自分に与えられた物語としての「コンステレーション」の中を生きている。

人によって、その事実を自覚するしないの違いはあるけれど、………。

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どのような結果に終わるとしても、私は自身が感じ取り理解した「コンステレーション」を生きていくほかはない。
 

コンステレーション …… ①

 

先週の面接の結果は不採用だった。

面接して下さった総務課長さんからの誠実で丁寧な結果報告に対して、私の口から思わず出てきた言葉は「分かりました」「残念です」「失礼します」の3つだけだった。……それも我ながら驚くほど冷たい事務的な口調で。

御心のままに等と言っていた自分の本性は意外なところで露呈してしまうものなのだなあ、……と思った。
 

上記した不採用の通知を受けたのは27日の朝。

その日の内にハローワークのインターネットサイトの情報を探し回り、興味を感じた何件かの募集先に電話で詳細を確認してみた。

最終的に、これなら応募してみる値打ちがあると考えられる案件が1つあったので、そこに応募して面接を受けたのが29日。

………という事で、当然の事ながら今は面接の結果待ちの状態。
 

 
ところで、
ハローワークが良いのは募集先の基本情報(事業所名や電話番号など)が明示されている案件が多い点だ。

そうした最も基本的で肝心な情報を派遣業者は秘匿して募集者と応募者の両方を操作している。それらの情報が彼等の利益の源泉になっているからだ。

それらの基本情報を消化した上で彼等流の就職情報をインターネット上に流して応募者を操作しているのだ。

もちろん、募集者にとっても応募者にとっても、彼等が提供している方法の方が簡単で便利な面はある。

特に一定の規格化された大量の労働商品を扱う募集案件に関しては、その方法が最も効率的だとは言えるのだが、………。
 

一方、
募集先に関してハローワークが提供してくれている基本情報を使えば電話で詳細を確認する事だけではなく、他にも募集先に関して様々な事柄を調べる事が可能になる。

特にインターネットのHPを持っている事業所や企業は、かなりの部分まで深く正確に経営の実態を確認する事ができるし、……面白いところではこんな事も出来たりする。

表示されているのは★この歌(動画)★で有名な「証城寺」の駐車場風景。……マウスでドラッグしたりズームアップしたりすると周囲を自由に歩き回ることができる。

これはグーグルマップストリートビューという機能の一例だ。

グーグルマップを使いこなせば募集先の建物や敷地や周囲の環境を右からも左からも上空からも自由自在に調べて回ることができる。
 

尚、
「証城寺」のグーグルマップ画面はこちら。マップの左下にあるボタンをクリックすると航空画面に切り替わり、ズームアップすれば駐車している自動車の一台一台まで確認できるようになる。

こちらは南側を流れている矢那川対岸から「証城寺」を眺めたストリートビュー。

ストリートビューの使い方は★こちら(動画)★

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以上、
知っている人には何でもない簡単な事だけれど、知らない人も多いようなので余計なおせっかいをしてみた次第。
 

 
要らざるおせっかいをした結果として詳しく書く時間がなくなってしまったので、本題(コンステレーション)についてはリンクを多用して手短に表現してみたい。
 

 
若い頃に様々な宗教をハシゴして回った挙句に私が辿り着いたのはユング心理学であり、ユング心理学を知ったのは河合隼雄の名著であるこの本に出会ったからだったのだが、………

そのユング心理学の基本的な概念の一つにコンステレーションという考え方がある。

最近の私は………特に前回の面接を受けた後あたりから、コンステレーションの流れを自分の周辺に感ずるようになって来ている。

そのような物事の感じ方や物事に対する考え方を上手に表現していると思われる代表的な記事を3例、下記にリンクしておこう。

私の「人生の師」河合隼雄先生へ
「共時性(シンクロニシティ)」とは?~意味ある偶然の一致~
偶然性との対話(1)

前回だけではなく今回の募集案件に対しても上記した3つの記事のような感じ方を現在の私はしている。
 

 
コンステレーションをFX的に説明すると、
相場が大きく動き始める時に現れる特有のチャートパターンのようなものだ、と言えるだろう。

今現在の私は、目の前の状況の奥底に、例えばフラッグとかダブルボトムとかレンジブレークの前のもみあいとか……そういったパターンが見えてきた時のような感じの中にいる。

見えているパターンの形状から値動きの方向はもちろん、値幅なども予想する事ができる。

しかし、読みを誤ってダマシに終わる可能性も十分以上にある。
 

 
いずれにせよ、
自分が感じているコンステレーションを、どのように分析し、そのコンステレーションに対して具体的にどう対応していくかの判断は状況次第で時々刻々と変化していく。

今回の面接に対して感じたコンステレーションの場合、

最も基本的な部分での大きな変化はない。
しかし、それでも面接を受ける前と後ではコンステレーションに対する私の意味づけと対応方針はかなり変化している。
 

面接の場で得ることの出来る情報の量は莫大だ。
事前にインターネットで調べる事が出来ない細部の事情を感じたり読み取ったりする事ができる。

その上で、今回の面接の内容をコンステレーション的にどのように分析し意味づけし理解し対応していくべきか?

この記事もそのような観点から話の方向性とか触れるべき事柄と触れるべきでない事柄といった諸要素について熟考し判断しながら書いている訳なのだが、………
 

 

時間がなくなったのでお話の続きは次回に書く事にしよう。