死ねませんでした

今は3月6日(月曜)の午前0時33分です。
 

死出の旅路には3月4日(土曜)の昼過ぎに出発しました。

目的地は、かねて目星をつけていたこの辺り

吉野の山の奥の奥。

ここが最終目的地への入り口。
この林道は昼でも車かツーリングバイクが1時間に1台通るか通らないか、といった超寂しい場所。

この道から、悪いけど更に森林組合の脇道に入り込むと………。
申し訳ないけど、その先は自殺には最適な場所の宝庫。
 

 
理想的だと思える場所に着いたのは午後3時過ぎ。

さっそく準備に取り掛かる。
 

まず父母の遺骨を散骨。

次に車のナンバーを外して斜面に埋める。

車検証や財布、その他、警察が身元を捜す手がかりになりそうな書類も全て埋めてしまう。
 

2時間弱で全ての作業を終えて、首を吊るのに最適な場所を求めて付近を探索する。

車を置いた場所から500メートルほど登った所にあったヒノキの若木にロープを巻きつける。

持参の脚立の高さと、ロープとの関係を注意深く検討して、これも最適な高さを決定。
 

自作の絞首台が完成したのは午後4時頃。

ロープの輪に首を入れて、少し身体をかがめて絞まり具合を確認する。

………この時に初めて本物の恐怖を感じた。
 

日が暮れるのを待ってから、……という事にして、絞首台の付近を歩き回ったりしていた。
 

やがて日が暮れて、こんな感じに風景が変わってきた。

半月よりも少し細い月だけれど良く晴れた夜なので月明かりで明るい場所は明るい。
 

脚立に登って首吊りを決行しようとするのだけれど、身体全体が拒否反応を起こしてしまい、どうしても決行できない。

そんな事を2時間くらいやってみた後、今夜は一旦中止、という事にして明日の早朝に決行しようと考えて車に戻ろうとした。
 

ところがヒノキの林の下は月の光が届かない暗黒の世界。

たった500メートル先にあるはずの車の位置がよく分からない。

どこが道なのかもよく分からない。

下手をすると道に迷って吉野の山奥で野垂れ死にかも、………。

その方が首吊りよりも楽かも、………。

等と考えながら歩き回っていたら目の前に車が白く浮かんで見える場所にでた。

午後8時過ぎ頃だった。
 

それから車内で暖をとりながら色々なことを考え続けていた。

ウトウトしたり、考えたり、………

そんな事をしているうちに夜空が少しずつ明るさを増してくる。
 

5時半頃に車を出て、再び首吊りの場所へ。
 

脚立に乗ってロープを首に巻く。

脚立から降りて考える。

そんな事を5回か6回ほど繰り返している内に、死ねない、死なない、………という決心が固まってきた。

生活保護を受けてでも生きていく他はない。
 

………という訳で、以前はあれほど嫌っていた生活保護についてあれこれと考え始める私がいた。
 

それなら車を元に戻さなければ、と埋めてあるナンバープレートや車検証や免許証の入った財布などを捜したのだが

なかなか見つからない。

とうとう車検証だけは出てこなかった。

財布と免許証は泥まみれ。

ナンバープレートを固定するビスもなくなっているので細いナイロンロープで縛り付ける。
 

 
出発してすぐに車がスタック。

仲間がいればなんとかなるけれど、ひとりっきり。

このまま、この山中から出られなくなる可能性が、………。

山道の怖さを思い知る。
 

 
一般道路に出たらあとは自宅までまっしぐらに100キロの道のりを走りきった。

ナイロンロープで吊ってあるナンバープレートを警察に見咎められなかったのは幸運だった。
 

 
父母の遺骨を散骨した場所は今もハッキリ覚えている。

行こうと思えば何時でも行けるけれど、今は行けない。

あの夜の恐怖が身体にまだしみついているから。
 

 

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