私の近未来

前回は人類の未来について語ったけれど、

私個人の超近未来としては、

以前の記事でもお話したように

………………………………………………………

★ 量子力学で見る「現実」 (動画) ★
量子力学
★ 多元宇宙の謎 (動画) ★
★ ビッグバン理論の限界を越える理論の誕生? (動画) ★
多元宇宙論

………………………………………………………

上記の動画や記事が指し示している現世を超えた未知の世界が存在する可能性に賭ける他はない、とカッコをつけながら考えている。

まあ、現実は惨めで悲惨で、これ以上はないほど愚かな最後ではあるのだけれど、………。
 

 

ともあれ、

現在の状況から脱出しようと様々な工夫をし尽くせば尽すほど凄まじい恐怖に襲われるのは何故なのだろう?
 

考えが深まるにつれて絶対に脱出を許さない真実が迫っている事を改めて思い知らされるから、………なのだと思う。
 

 
逆に

或る面で徹底的に愚かで世間知らずだった自分の行動に対する当然の結果としての

この厳しい現実を本心から受け入れる気持ちになれた時、

不思議なほど心が安らぐのは何故なのだろう?
 

今までの自分が絶対に理解できなかった現実社会の摂理を理解し納得する事ができたから、………なのかも知れない。
 

 

我ながら呆れてしまうのだが、

 

私という人間は

「物事を本当の意味で理解し納得する事、出来る事」

……その目的さえ叶えられれば、

他の事は「ま・いいか」で終わってしまう

ような「何とかバカ」の一面を持っていた事は

確かであるような気がする。

 
……こういう言い方も
この言葉に自分をこじつけた見栄に過ぎない

と言われてしまえば、それまでなんだけど、………。
 

 

 

さようなら、

多くの皆さんに御迷惑をおかけするに決まっている今後の行動については、本当に申し訳ないと思っています。
 

 

 

人間の未来

もう時間がない。

私に残されている時間は残り僅かだ。

このブログの扱い方を説明する為の、もう一つの説明は別として、今回が最後の意味ある記事になるかも知れない。

………今まで、長い時間をかけてお話しようと考え準備していた様々な事柄を一回の記事に詰め込もうというのだから当然の事として無理が生じる。
しかし、その無理を承知の上で表現を試みる他はない。
 

 
今回お伝えしたいテーマは「人間の未来」。

これまでに私が蓄積してきた動画や記事のリンクを使って言いたい事をお伝えできれば、……と思っている。
 

最終的には明るくまとめたい。

しかし、お話全体の構成上、明るい話題の前に多数の暗くて残虐な動画へのリンクを扱わなければならない。

暗くて残虐な動画へのリンクは一箇所に集めてあるので、その種の動画が苦手な人は、その箇所を避けて御覧願いたい。
 

 
本題に入ろう。
 

2~3日前から、死を前にして宗教関係の文章が読みたくなってインターネットを検索して様々な記事を読み漁っていた。

最初は心を動かされる場合もあるのだけれど、結局のところ私は宗教関係の人が言っている事には馴染めない。
 

人間を遥かに越えた存在 ( つまり神や仏 )を否定している訳ではない。

しかし、そういう存在に関する説明としては科学が語ってくれている事柄以上のものを宗教的な表現の中で実感する事が私にはできないのだ。

ただ、枕元にあったので昨夜ふと取り上げて読んでみた聖書の中のヨブ記には私の心に非常に語りかけてくるものを感じた。

何故なのか?

………上記リンク記事の一節を使って超簡単に言い切ってしまうと

『ヨブ記』では、神の創造の計画は人間の理解を超えているので、義人の苦難という問題は理解の外にあるものとして位置づけている。


わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。
 
………『ヨブ記』の、このような部分が私の心を打ったのだと思う。
 

 
………という事で

神の創造の計画は人間の理解を超えている……という点に関して私が選んだ吐き気を催すような残虐で凄惨極まりない動画のリンクを以下の部分に纏めて御紹介しておこう。

………………………………………………………

★ ベルゲン・ベルゼン強制収容所 (動画)★
★ ドレスデン・ベルリン 1945 (動画)★
★ 南京虐殺 (動画)★
★ 沖縄戦カラー映像 (動画)★
東京 1945
大阪 1945
★ アレッポ (動画)★
★ シリア難民 (動画)★

………………………………………………………

上記でリンクした動画の中で、通常では考えられないような苦難を強いられている人々が一体どれだけの罪を犯した、………というのだろう?

神の創造の計画は人間の理解を超えている

科学は上記でリンクした動画や記事なんか問題にならない
巨大な破壊を伴う「神の創造の計画」
について説明してくれている。

………………………………………………………

地球の歴史
★ 全球凍結 (動画)★
★ 地球最期の日 (動画)★

………………………………………………………
神のなさる事は人間の理解を遥かに超えているのだ。

 
今現在の人類が到達している「神に対する理解」の最先端の理解の一部分を分かりやすく説明している動画と記事を以下に御紹介しよう。

………………………………………………………

★ 量子力学で見る「現実」 (動画) ★
量子力学
★ 多元宇宙の謎 (動画) ★
★ ビッグバン理論の限界を越える理論の誕生? (動画) ★
多元宇宙論

生命 40億年はるかな旅

………………………………………………………

一方、

現在の人類が到達している一般的な工業技術の最先端は大体こんな程度だろうか?

★ 想像を絶する世界最大の船7隻 (動画 ★)
★ 世界のメガ工場 ボーイング747 (動画 ★)

………………………………………………………

近い将来の人類が到達する技術レベルは大体こんな程度なのだろうか?

発想が世界を変える!世界の未来プロジェクト8選
★ 西暦3000年までの未来予測が凄い (動画) ★
★ 未来学者が予想する100年後の世界 (動画) ★

………………………………………………………

★ 地球最期の日 (動画)★を明確に認識している人類は次のような計画を立てている。

………………………………………………………

そこを越えたら次の課題が待っている。

★ 火星改造計画 (動画 ★)
テラフォーミング

………………………………………………………

そこを更に越えた計画も、……その計画を更に更に越えた宇宙計画もあるけれど、或る一面に於いて、これからの人類が進むべき方向の一つの典型を今回ご紹介した動画や記事の中に私は見ている。
 



組曲「惑星」(ホルスト)より 第4曲 木星

ドビュッシー作曲★ 月の光 (動画) ★

 

 

ここまで人類の未来について語ったけれど、

最後に私個人の未来について付け加えて、このブログ全体の纏めとしておこう。
 

私個人の超近未来としては、

以前の記事でもお話したように

………………………………………………………

★ 量子力学で見る「現実」 (動画) ★
量子力学
★ 多元宇宙の謎 (動画) ★
★ ビッグバン理論の限界を越える理論の誕生? (動画) ★
多元宇宙論

………………………………………………………

上記の動画や記事が指し示している現世を超えた未知の世界が存在する可能性に賭ける他はない、とカッコをつけながら考えている。

まあ、現実は惨めで悲惨で、これ以上はないほど愚かな最後ではあるのだけれど、………。
 

 

それはともあれ、

現在の状況から脱出しようと様々な工夫をし尽くせば尽すほど凄まじい恐怖に襲われるのは何故なのだろう?
 

考えが深まるにつれて絶対に脱出を許さない真実が迫っている事を改めて思い知らされるから、………なのだと思う。
 

 
逆に

或る面で徹底的に愚かで世間知らずだった自分の行動に対する当然の結果としての

この厳しい現実を本心から受け入れる気持ちになれた時、

不思議なほど心が安らぐのは何故なのだろう?
 

今までの自分が絶対に理解できなかった現実社会の摂理を理解し納得する事ができたから、………なのかも知れない。
 

 

我ながら呆れてしまうのだが、

 

私という人間は

「物事を本当の意味で理解し納得する事、出来る事」

……その目的さえ叶えられれば、

他の事は「ま・いいか」で終わってしまう

ような「何とかバカ」の一面を持っていた事は

確かであるような気がする。

 
……こういう言い方も
この言葉に自分をこじつけた見栄に過ぎない

と言われてしまえば、それまでなんだけど、………。
 

 

 

いずれにせよ、

多くの皆さんに御迷惑をおかけするに決まっている今後の行動については、本当に申し訳ないと思っています。
 

 

プロメティウス

まず最初に、
語調が「だ。である。」になっている事へのお許しを請うておこう。

理由は、この記事を読んでいる内に納得して頂けるはずだ、

「皆さん」に語りかけるのではなく単なる独り言としてつぶやかなければならない現在の私の心情と共に。

………という事で、本題に入る。
 

 
前回の記事「死ねませんでした」をアップしてから10日以上の日々が過ぎた。

詳しい説明は出来ないけれど、その10日の間に幾つかの事件があって生活保護を受ける事は不可能になり、現在の私には再び死ぬ以外の選択肢は99%以上なくなっている。
 

具体的で直接的な問題は生活を維持していく上で絶対的に必要な支払いが出来なくなっている事にある。

現在の私は電気・ガス・電話・食費・………全ての支払いが不可能な状態に陥っている。
 

例えば
11日にはクレジットカード会社の怖いお兄さんから「1万9千177円(3月分)を支払ってください」という督促の電話を頂戴した。

クレジット会社は東京方面にあるのだけれど、彼の事務所は当市内、車で15分ほどの場所。

………世の中こういう仕掛けになっているんだ、………という事だけはよく分かった。
 

ここまで来たら本当に残る期間はあと僅か!

長くても、あと4日~5日。

短ければ3日後に迫っている今週末には死に向う以外に私が選ぶべき道はなくなっている。

電気代の引き落としが17日にあるので電気の供給を停止されるのが今は一番怖い。

電気代の場合は供給停止までに1ヵ月程度の猶予期間があるはずだとは思うのだが、………。

それとインターネット回線の停止、………これも怖い。
 

何故こんな事になってしまったのかは最近1ヵ月~2ヶ月の記事を読んで頂けばお分かり願えるかもしれない。

最近1ヵ月~2ヶ月の私は、考える事、やる事、なす事に対する結果の全てが裏目裏目に出てしまい、追い詰められた果ての果てが現在の状況なのだ。 

熟慮に熟慮を重ね、その時その時に自分が出し得る最大限の気力を振り絞った努力の結果が更に思いもかけないほどの悲惨な事態を招き寄せる、……そういう成り行きの連続。
 

………考えてみれば、そうなって当然の理由や原因は確かに存在するのだが、………

苦しみの末に、責められて当然の自分の否を理解し、反省し、

あるべき正しい道を発見し、その正しい道に沿って今度こそ新しい努力を再開しようという決心をしている、この私が、………

決して許される事なく死を求め続けられている。
 

今になって私は何故ここまで厳しい審判を社会、いや、人間や社会を超えた存在から受け続けなければならないのか?

社会、いや、人間や社会を超えた存在から受けている、この厳しい審判を私はどのように受け止めれば良いのか?
 

全ての人間と同じく、私に与えられている運命も結局のところ死しかない事は分かっている。

………しかし、何故それが「今」でなければならないのか?

社会、いや、人間や社会を超えた存在が「今この時」私に要求しているものはいったい何なのか?

ただ黙って「御心のままに」自分の死を静かに受け入れる事なのか?
 

 

 
その様な苦しみや恐怖を抱えているにも関わらず、

この期に及んでも私は平静な精神状態を維持し続け考え続けている。

そういう人間なのだ、私は。
 

普通の人なら重篤な欝状態に陥って思考は完全に停止してしまうに違いない。
 

その時その時によって理由や原因は様々だけれど、若い頃の私は、そういう心身の状態に何度も何度も陥った経験がある。

そういう時期を父母の経済的・精神的な保護の下で自分なりの思考を積み重ねる事によって私は何とか乗り越えてきた。

何度も何度も。

そういう経験を積み重ねる事によって、私は自分の全ての危険な心身の状態に対応でき得る独特の力(知識や知恵や技術)を獲得する事が出来ているのだと思う。
 

 
今現在の私が持っている唯一の財産は、上記した独特の力(知識や知恵や技術)に支えられた独特の思考能力、………それだけだ。

普通の人なら耐え切れずに平常の精神状態を失ってしまうような厳しい状況から逃げ出さずに思考し続ける事。

目の前に存在している厳しい状況を真正面から直視し、その構造を観察し、観察の結果を分析し、……そこから何等かの答えを導き出そうという努力を続ける事。
 

 
上記した私の思考能力が常に正しい、……というか最良の答えを導き出してくれる、という保障はどこにもない。

それどころか、普通の人が普通に考え出すはずの普通の答えから離れた私独特の答えは、

普通の答えからは予想も出来ないような悲惨な結果を招き寄せる可能性さえ含んでいる、………というか、最近1ヵ月の結果を考えてみれば、そういう結果に終わる可能性は常に否定できない。
 

………しかし、
それでも私は私独特の思考によって私独特の答えを導き出し続ける他はない。

最近1ヵ月に体験し続けた失敗の本質についての考察を重ねた結果として得られた新しい私独自の解決策に従って、この記事を書き続ける他はない。

このまま何もせずに黙って死を受け入れる事の意味を理解した、その上で、………。
 

………………………………………………………

以上、
ここまで、この記事を正確にお読み下さった読者の方なら、

今現在の状況下に於いて私が何をしようと決心しているのか、……大体のところは見当がついていらっしゃるはずだ、と私は考えている。
 

例えば、このブログに対する基本方針について、………だけれど、………。

吉野の山奥から逃げ帰ってきた3月6日から今日までの10日間、このブログをどうすべきか、その事を私は考え続けてきた。
 

退くべきか、前進すべきか?

つまり、
或る種の記事だけを残し、他の記事を削除した上で自死するか、

現在までの全ての記事の上に更なる記事を書き重ねて、行けるところまで行ききって最後の最後の可能性に期待するべきかどうか、………。
 

或る意味では退くという選択が最も穏当だし楽な方向だと言える。
 

しかし、
迷いに迷った末に今朝、最終的に前進する決意をした。
 

禅に百尺竿頭に一歩を進むという言葉があるけれど、

現在の私が、このブログから退かずに更なる前進を続けて新しい記事を書く、……という事は決して簡単な仕事ではない。

そもそも新しい記事を書く気力というか精神的なエネルギーが完全に干上がってしまっている。

今朝までの私は、たった一つの記事を書く事さえ不可能にしか感じられなかった。
 

 
迷いに迷った末に今朝、最終的に前進する決意をした。

と言っても
今朝の私に特別の出来事が起こった、………という訳ではない。
 

もちろん全面的に許される事は決してあり得ないけれど

10日前に受けた心の傷が徐々に癒され、

それなりに心身のエネルギーが回復し、

この10日間、考えに考え続けてきた問題に対する答えが自然に一つの方向に結晶し始めたのが今朝だった、………という感じだ。
 

 
今になって考えてみると
迷いに迷った末、最終的に前進する決意をするに到るまでには幾つかの段階を経ている事が分かる。

幾つかある段階の一つとしては、このブログに対するアクセス解析を確認した、という体験を挙げる事ができる。

この記事にも書いているように

今までの私は、このブログを、どれだけの数の人々が読んでいるのか?

ひょっとしたら誰も読んでいないのではないか?

………という非常に重要な疑問点を直視しないまま記事を書き続けてきた。

その辺りの心理や判断について上記の記事から引用する。

………………………………………………………

このブログを「皆さん」が御覧になっていらっしゃるかどうかは、その気になれば簡単に調べる事ができるんです。

このブログが使っているサーバーには例えば次のような事ができるアクセス解析機能がついていますから、……
 

アクセス解析ではWebサイトや各ページへの訪問数、ページビュー数(単純アクセス数)などを知ることができ、また、日別や曜日別、時間帯別、閲覧環境(OSやWebブラウザの種類等)別、所属ネットワーク(ドメイン名や国・地域等)別、参照元(サイト、ページ、検索語等)別、などの形で集計される。
 

………私がアクセス解析をしないのは、今はそれをしたくないから、………というだけの理由からの事です。
 

このブログは私の夢を実現していく唯一の手段です。

多くの人々に自分の夢を語りかける事ができる唯一の方法です。

夢を壊したくないんです。

それに、
今は誰も見ていなくても、誰かが見てくれていると思い定めて諦めずに書き続けて

そのブログを残しておけば、将来、誰かが見てくれる可能性も考えられますし、………。

………………………………………………………

………この辺りに、その頃の……と言っても僅か2週間前の事なのだけれど……私の心の弱さや甘さが明確に現れている。

これでは幾ら意気込んで吉野の山奥まで自殺しに行っても死にきれなかったのは当然だという他はない。
 

ともあれ、
吉野から逃げ帰ってからの私が、改めて思い知らされた自分の本性とか自分が直面していながら眼を背けていた現実問題は数多い。

それらを思い知っただけでも逃げ帰ってきた事の意味はあると言えるのだろう。

………いずれは死に行く定めだとしても、………。
 

 
閑話休題

姿勢を改めた私が直視したアクセス解析の一部分を以下2つのリンク記事として御覧頂きたい。

普通はパスワードを知っているブログの管理者しか見る事ができない記録だが、その一部を敢えて公開したものだ。

3月10日のアクセス統計
同日のアクセスログ

詳しい技術的な説明は省かせて頂くけれど、

これらの記録を観察して分かる事は、1日に140件以上あるアクセスの大部分は検索ロボットからのものである、という事だ。
 

どのアクセスが、このブログ内の、どういう記事を、どういう風に読んでいるのかをアクセスログから読み取る事によって、以上の事柄は明らかになる。

検索ロボットはサイト内のとんでもない部分を読んで(調べて)いたりするのですぐにそれと分かる。
 

 
結論として言える事は以下の通りだ。
 

このブログをまともに読んでいる人は多く見積もっても4人~5人。

CTYネットという地元ケーブル会社のインターネット回線からのアクセスがあるので近隣の人が1人読んでいる事も推測できる。

近隣の人々が最近見せている異様な姿勢の変化も、この辺りに原因があるようだ。
 

一時期の私が信じ込んでいたような「このブログの存在が地元の人々の話題になっている」等ということは100%あり得ない。

その事は、11日に出席した自治会の組長会に於ける人々の様子からも確認できた。
 

以上の結果を見ても私の驚きは殆どない。

そうである事をも想定しながら私は記事を書き続けていたのだから。

むしろ、
4人~5人ではあっても、このブログを或る程度まで「まともに読んで」くれている人々がいる(…らしい)という事実の方に私としては心強い手応えを感じさせられている。
 

私にとって何より大切な事は、このブログ或いは私が言わんとしている事を本気で知ろうという気持ちをもって記事を読んでくれている人が存在しているかどうか、………だ。
 

「創造ネット計画」が実現できるかどうかの別れ目は本当の意味での最初の理解者が出現するかどうか、にかかっていると私は考えている。

最初は1人だけで十分なのだ。

大切な事は、その1人の人が「創造ネット計画」を本当に理解してくれている事、それだけだ。
 

上記した4人~5人の方々が、どういう気持ちで、このブログを読んでいらっしゃるのか、………そこまでは或る程度の期間に渡って閲覧記録を詳しく分析してみないと分からないし、分かろうとも思わない。

………結局は怖いのだ。………それを確認する事が、………。

………その点に於いて現時点での私の心はまだまだ甘っちょろいと判断せざるを得ない。
 

 
………そういう甘っちょろい心の持ち主である現在の私が

このブログを或る程度までまともに読んでいらっしゃる(かも知れない)4人~5人の方々に敢えてお願いしたい事がある。
 

この記事の意味に於いて私に対する投資を再考して頂きたい。

投資と同時に非公式でよいから私に対して皆さんがお持ちの御意見を私に教え伝えて頂きたい。
 

今現在の私は車検証を失ってしまった車の件なども含めて10万円~15万円以上の現金を必要としている。

それだけのお金があれば私の命は1ヶ月間延長できる。

1ヵ月の期間があれば、「創造ネット計画」について皆さんだけではなく将来このブログを読んで頂けるかも知れない多くの人々にとって面白くて意味のある記事を、かなりの量に及んで書き加える事ができる。
 

合計35万円ほどのリボ払いの借金を2つのクレジット会社から抱えてはいるけれど、甲斐性のない私に、それ以上多額の借金などあるはずはない。

個々のリボ払いは各々3年程度の返済なので或る程度の定期的な収入があれば生活を維持しながら返済できる。
 

一方
この記事でもお伝えしたように、現在の私が開始した直後から利益を稼ぎ出す方法は明確に見えてきている。

今までの失敗の体験を生かした新しい営業活動に対する自信は持っている。

その営業活動の前提となるべき地域社会との新しい関わりの在り方についても十分な自信を持っている。
 

以上に述べたように、昨年の暮れ以降の約3ヵ月に渡る非常な苦難の末、現在の私が獲得する事ができている一般的な意味での社会活動に対する能力は、或る程度以上のレベルにまで高まっているはずだ。

健康状態も良好だ。

 
………そういう私が10万円~15万円の支払いができない、という理由から

長くても、あと4日~5日。

短ければ3日後に迫っている今週末には死に向う以外に道はなくなっている。

それも自業自得と言われれば一言も返す事はできないのだけれど、………。

………………………………………………………

………以上、
世間一般の通念から考えたら非常識で無茶苦茶なお願いなのだろうけれど、

現在の私の気持ちのありのままを敢えて表現してみた。

どなたか、私および「創造ネット計画」の可能性に僅かでも理解または興味を示して下さる方はいらっしゃらないだろうか?

………………………………………………………

という事で、

最後に、この記事のタイトルを「プロメティウス」とした件についてのお話しを付け加えて長々とした今回の文章のまとめとしたい。

まず最初にこちらの記事を御覧頂きたい。

もう少し専門的な内容はこちらの記事が参考になる。
 

 
自分の事をギリシャ神話の神である「プロメティウス」に例えるのは傲慢極まりない所業だとは思う。

しかし、

現在の私は普通の人々が耐えられないような状況にも耐えられてしまう、という特殊な能力を持っていて、

それ故に負わされている責め苦が、

不死の神である「プロメティウス」がゼウスから受けた責め苦に余りにも似ていると思って付けてみたタイトル、……… で し た。
 

死ねませんでした

 

死出の旅路には3月4日(土曜)の昼過ぎに出発しました。

目的地は、かねて目星をつけていたこの辺り
東吉野村, 奈良県
吉野の山の奥の奥。

ここが最終目的地への入り口。
この林道は昼でも車かツーリングバイクが1時間に1台通るか通らないか、といった超寂しい場所。

この道から、更に森林組合の脇道に入り込むと………
申し訳ないけど、その先は自殺には最適な場所の宝庫。
 

 
理想的だと思える場所に着いたのは午後3時過ぎ。

さっそく準備に取り掛かる。
 

まず父母の遺骨を散骨。

次に車のナンバーを外して斜面に埋める。

車検証や財布、その他、警察が身元を捜す手がかりになりそうな書類も全て埋めてしまう。
 

2時間弱で全ての作業を終えて、首を吊るのに最適な場所を求めて付近を探索する。

車を置いた場所から500メートルほど登った所にあったヒノキの若木にロープを巻きつける。

持参の脚立の高さと、ロープとの関係を注意深く検討して、これも最適な高さを決定。
 

自作の絞首台が完成したのは午後4時頃。

ロープの輪に首を入れて、少し身体をかがめて絞まり具合を確認する。

………この時に初めて本物の恐怖を感じた。
 

日が暮れるのを待ってから、……という事にして、絞首台の付近を歩き回ったりしていた。
 

やがて日が暮れて、こんな感じに風景が変わってきた。

半月よりも少し細い月だけれど良く晴れた夜なので月明かりで明るい場所は明るい。
 

脚立に登って首吊りを決行しようとするのだけれど、身体全体が拒否反応を起こしてしまい、どうしても決行できない。

そんな事を2時間くらいやってみた後、今夜は一旦中止、という事にして明日の早朝に決行しようと考えて車に戻ろうとした。
 

ところがヒノキの林の下は月の光が届かない暗黒の世界。

たった500メートル先にあるはずの車の位置がよく分からない。

どこが道なのかもよく分からない。

下手をすると道に迷って吉野の山奥で野垂れ死にかも、………。

その方が首吊りよりも楽かも、………。

等と考えながら歩き回っていたら目の前に車が白く浮かんで見える場所にでた。

午後8時過ぎ頃だった。
 

それから車内で暖をとりながら色々なことを考え続けていた。

ウトウトしたり、考えたり、………

そんな事をしているうちに夜空が少しずつ明るさを増してくる。
 

5時半頃に車を出て、再び首吊りの場所へ。
 

脚立に乗ってロープを首に巻く。

脚立から降りて考える。

そんな事を5回か6回ほど繰り返している内に、死ねない、死なない、………という決心が固まってきた。

生活保護を受けてでも生きていく他はない。
 

………という訳で、以前はあれほど嫌っていた生活保護についてあれこれと考え始める私がいた。
 

それなら車を元に戻さなければ、と埋めてあるナンバープレートや車検証や免許証の入った財布などを捜したのだが

なかなか見つからない。

とうとう車検証だけは出てこなかった。

財布と免許証は泥まみれ。

ナンバープレートを固定するビスもなくなっているので細いナイロンロープで縛り付ける。
 

 
出発してすぐに車がスタック。

仲間がいればなんとかなるけれど、ひとりっきり。

このまま、この山中から出られなくなる可能性が、………。

山道の怖さを思い知る。
 

 
一般道路に出たらあとは自宅までまっしぐらに100キロの道のりを走りきった。

ナイロンロープで吊ってあるナンバープレートを警察に見咎められなかったのは幸運だった。
 

 
父母の遺骨を散骨した場所は今もハッキリ覚えている。
………というか
この画面の右上にあるX部分をクリックすれば
グーグルマップがちゃんと教えてくれる。

だから
行こうと思えば何時でも行けるけれど、今は行けない。

あの夜の恐怖が身体にまだしみついているから。
 

 

心配しないで行こう

 

今は2017年03月02日(木曜)の午後10時25分。

前回の記事でお約束した「このブログの内容を整備し強化する」件なんですけど、………

色々と考えた末に、今までとは全く異なった角度から皆さんにアプローチしてみようと考えて、今パソコンの画面に向い始めたところです。

フィーリングとしては陽気に陽気に……を心がけたいと思っています。

どうせさよならするんなら陰々滅々とした気分ではなく明るくほのぼのとした気分でお別れしたいんです。

あまりに良いフィーリングなので、このまま分かれるのが惜しい、……なんて皆さんが感じ始めるような記事を目指そうかな、等と虫のよいことを考えたりもしています。

………まあ、その点については余り期待して頂かない方がいいかもしれませんけど………。

何事も自然な心の流れのまま、………って事で………。

思いつくままを気楽に書いていきます。

………要するに

フィーリングとしては陽気に陽気に……明るくほのぼのと、………

それでいて「このブログの内容全体を根本的なところから整備し強化する」ような記事が書けたら最高だ、と思っています。
 

 
………という事で本題に入る前に皆さんに一つだけお断りしておきたいことがございます。

以前、このブログを御覧になっていらっしゃる「皆さん」は本当に存在しているのか?

ひょっとしたら私は誰も見ていないブログに向って独り言をつぶやいているだけなんじゃないのか?

等という不安を述べた事がありましたけれど、………

このブログを「皆さん」が御覧になっていらっしゃるかどうかは、その気になれば簡単に調べる事ができるんです。

このブログが使っているサーバーには例えば次のような事ができるアクセス解析機能がついていますから、……

アクセス解析ではWebサイトや各ページへの訪問数、ページビュー数(単純アクセス数)などを知ることができ、また、日別や曜日別、時間帯別、閲覧環境(OSやWebブラウザの種類等)別、所属ネットワーク(ドメイン名や国・地域等)別、参照元(サイト、ページ、検索語等)別、などの形で集計される。

 

………私がアクセス解析をしないのは、今はそれをしたくないから、………というだけの理由からの事です。
 

このブログは私の夢を実現していく唯一の手段です。

多くの人々に自分の夢を語りかける事ができる唯一の方法です。

夢を壊したくないんです。

それに、
今は誰も見ていなくても、誰かが見てくれていると思い定めて諦めずに書き続けて

そのブログを残しておけば、将来、誰かが見てくれる可能性も考えられますし、………。

………………………………………………………

以上、

少し固く暗い話から始まってしまいましたけれど、………

上記した事と、これからお話しする事とは深い関係があるので、

どうしても、ここのところは省く訳にいかない、………という事情がありました。
 

 
私が「皆さん」を意識して記事を書き始めたのは今年の2月初めの頃からです。
 

そもそも、このブログは東京在住の或る女性に対する語りかけを目的としてスタートした訳でして、

その辺りの事情はこの記事を御覧になればお分かり頂けるはずです。
 

 
ブログでなくとも、文章を書いたりする上で最も重要なのは「どういう相手に対して何の為に語りかけるか」です。

上記でリンクした記事をお読み願えば、このブログのスタート時点に於いて私が語りかける相手として前述の女性が如何に適していたかがお分かり頂けると思います。
 

 
「皆さん」を強く意識して記事を書くようになったのは

このブログが、それまでとは全く異なった新しい段階に入ったからです。

様々な段階を経て、様々な事情から、

私が「創造ネット計画」の現実化を強く意識し始めた丁度その頃、

我が家の近所にお住まいの或る方が「このブログ」を読んでいるらしい、………気配を感じるようになりました。
 

その気配は最近になってますます濃厚に感じられるようになってきています。
 

………当然のことでしょう。

一人の人間が自殺をしようとしていて、その心境の一部始終を詳しく語っているブログなんて滅多にあるもんじゃありませんから。

噂が噂を呼んで今では、かなりの数の人々が「このブログ」の成り行きに密かに注目しつつあるようになってきている、………

………ような気がしてならないのが現在の私の心境です。
もちろん、これは自分の錯覚に過ぎないのかもしれない、………という疑いは常に消えませんし、

先ほども申し上げたように、その気になって「このブログ」のアクセス解析をすれば私の疑いが正しいものなのかどうかは簡単に分かるに決まっています。
 

しかし、それを私は敢えてしないままに今日まで来ています。

何故なら、その方が今の私には都合が良いからです。

ご近所の方々から「このブログ」が密かに注目されている、……かもしれない事は現在の私にとって好都合なのです。
 

錯覚かも知れないけれど、その錯覚が私に「このブログ」を書き続ける意欲や気力を湧き立たせてくれます。

近所の人々だけではなく、出来ることなら、この地域全体の人々から「このブログ」が密かに注目される事さえ私は望んでいます。

いや、
それだけではなく、「このブログ」を消去せずに残しておくことによって一人でも多くの日本の人々に読んでもらえる日が来ることを願ってもいます。

………そのつもりで現在も、この記事を書き綴っています。
 

 
このブログを書いている私の究極の願いは「創造ネット計画」の現実化です。

その願いは、このブログのスタート時点から全く変化してはいません。
 

ブログは読まれてナンボのもんです。

もし、このブログが多くの人々から密かな興味を持たれているとしたら、どのような理由によるものであれ、それは最高の幸せだと私は考えています。
 

今、このブログは自殺というテーマ故に際物的な興味から多くの人々に注目されつつ暗黒街道をまっしぐらに驀進している最中です。

………少なくとも私の直感では、そうである可能性が非常に高い。

自殺という話題性がなかったら、この種のブログが世間一般の人々から注目される理由などどこにもないはずなのですから、………。
 

………しかし、紙一重のところで今現在の状況は反転し得る。

このブログに託している私の思いを「皆さん」に実感して頂くことさえできたなら、………。

………そう願いながら私は今も、この記事を書き続けています。
 

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どうか「皆さん」、もう一度この記事この記事を御覧になって私の命を救ってください。

「創造ネット計画」に関する詳しい説明をする時間を私に与えてください。

必ず読み応えのある面白くて為になる記事を書き続けて御覧に入れます。
 

「創造ネット計画」の初期段階に於けるWEB事業の技術的な研究の機会を与えてください。

必ず高度なWEB技術を持った事業組織へと成長させてみせます。
 

 
どうか「皆さん」、もう一度この記事を御覧になって私に地元の様々な中小企業の人々に対する営業活動を行う機会を与えてください。

賛同してくださった地元企業の皆さんと共に、必ず新しく力強い地元の発展を成し遂げてみせます。
 

お願いします。
 

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………以上、
やっぱり、最初のねらいだった陽気なフィーリングからは懸け離れた調子の文章が出来上がってしまいました。

しかし、自殺路線まっしぐらの文章よりは少しは明るめの文章になっているのではないでしょうか?
 

 
今は2017年3月3日(金曜)の午前3時51分です。

この記事を今からアップします。

その後、3日一杯お待ちしても今回のお願いが聞き入れられる様子がなかったら

4日(土曜)の昼過ぎにこんな感じで死出の旅路へと出立するつもりです。
 

 
最後に

………background thinking………
として
以前の記事に添付していたリンク記事と

不可能を可能にする男
映画「オデッセイ」に学ぶ、不可能を可能にする方法
マルハナバチについて

………background Performance………
としての動画を添付して、この記事を終了させて頂きます。

★神業ビリヤード(動画)★
★天才教育?★(動画)
★サンフランシスコ爆走(動画)★
★高所平気症?(動画)★