創造ネット計画概論 …… 序説

 
先週の17日(火曜日)から20日(土曜日)までの日々は私にとって命を賭けた4日間だった。

提案を巡る妹との交渉は困難を極めたけれど、自分が出来る限り説得の努力を続けた。

努力の結果に対する拘りは全くなかった。
文字通り「御心のままに」……という気持ちで妹の決断を待った。
 

私の説得力などは高が知れている。
それよりも妹の人柄によるところが大きいとは思うが、………

幸いにも20日(金曜日)に彼女の承諾を得る事が出来た事の意味は語りつくせないほど重大だ。

………当然だろう、
妹が7万円を出してくれなかったら遅くとも今週の25日(木曜日)に私が死出の旅路へと出発する事は確実だったのだから………。
 

 
だがしかし、………
………こんな事を言うと妹に怒られてしまうかもしれないけれど、………

妹の承諾以前に
あの4日間の「命を賭けた説得の努力」という体験それ自体が私にとって別の意味で語りつくせないほど重大な意味を持っている。

いや、それだけではない。
昨年末からの約1ヵ月間に渡る絶対的弱者としての社会的経験全体の重みを今の私はしみじみと感じている。

過去数十年に渡る自分の生き方の問題点を根本的なところから問いただされ続けた1ヵ月だった。

妹との厳しい交渉を続けていた4日間は、その経験のクライマックスに他ならない。
 

 
優しさ、同情、厳しさ、冷淡さ、無関心、………様々な人々の様々な反応や対応に人の心の真実を感じ続けた1ヵ月でもあった。
 

 
倒産した経営者とか、重要な役職から追放された政治家とか、年老いて家族全員から見放された家長とか、………

絶対的弱者としての社会的経験の苦しみは、それを実際に体験した者でなければ決して分からない一面がある。

その重さに耐え切れずに自殺する人も数多くいる。
 

………………………………………………………

 
………等と、今の私は呑気な事を言っていられる立場ではない。

妹のおかげで最大限あと1ヵ月弱の生存は可能になった訳だけれど、その先の保証はない。

再び、
だがしかし、………

自分の生存が可能かどうか、
そんなところに問題の本質がある訳ではない。
 
 
私は自分が信ずる武士の道に生き、死んでいく覚悟を固めている人間だ。

妹といえども他人の情けにすがってまで生き続けるつもりはない。

だから私は妹に1ヵ月のカウンセリングを提案した。

そのカウンセリングに対して
1ヵ月後の妹が7万円以上の価値を実感できなかったら

私は武士として生きていく資格のない人間だと自分の事を判断する他はない。

………こう断言するだけの自信と覚悟があるから私は妹に1ヵ月のカウンセリングを提案したのだ。
 
 
今現在の妹が私の提案の意味をどう考えているかは分からない、
………というより分かっているけれど、

その事だけは心に留めておいてほしい、古い奴だと笑わずに。
 

 

……………………… 以上 ………………………………

 

 
ここまでは24日(火曜日)からこのブログを読み始めているはずの妹に対する伝言であり、

ここから先の文章では、
このブログを御覧頂いている、……かもしれない読者諸氏に対する伝言あるいは提案を行ってみたい。

伝言あるいは提案のタイトルは「創造ネット計画概論 …… 序説 」
 

 
「創造ネット計画」全体の内容を極端な表現として言い切ってしまえば

「現在の一般的な日本人の生活意識を根底の部分から変革する事によって日本の未来を切り開く計画」

………とでも言い表す他はない。

とんでもない事を言い出す奴だ、と
お思いだろうけれど

心を静めて以下に申し上げる私の理屈を冷静に考えて頂きたい。
 

 
世界の全人口に占める経営者および資本家の比率は決して一定の割合を越える事はない。

日本だけではなく
普通に働いている大部分の一般的な人々の生活意識は

「経営者」のそれではなく「従業員」としての心理心情

「資本家」のそれではなく「労働者」としての心理心情によって満たされている。

こういう状況下に於いて今後の世界を考える時、
全人口に占める実質的な経営者および資本家の比率を飛躍的に高める事に成功した国の未来は非常に明るいものになるはずだ。

高い教育水準、高度に整備されたインフラ、
特殊な歴史を持った独特な国民の気質、
政治、経済両面に於いて追い上げられ追い詰められた国際的な立場、………

あらゆる面から見て
現在の日本は、そういう国へと進化し変身する可能性を秘めている。

全人口に占める実質的な経営者および資本家の比率を飛躍的に高める事に成功した国へと………。

そう私は考えている。
 

 

 
「創造ネット計画」の原点は23年前、1994年2月に書いた「創造する民衆の時代」という論文にある。

それ以降、私は何度も何度も「創造ネット計画」を世に問おうとしてきた。

最初のブログは今から10年ほど前、2006年07月に立ち上げた。

序文はこちら

このブログは誰からも読まれることなく御覧のように立ち枯れたまま現在に到っている。
 

その3年前に全盛期の「2ちゃんねる」にスレを立ち上げた経験もある。

この時は或る程度まで盛り上がり、「ひろゆき」が降臨する場面もあったりした。
 

今から8年前、2009年12月に「21世紀人志向」というブログを立ち上げた時も色々な事情があって、かなり盛り上がり、多くの人々に注目された時期もあった。
 

自治会にも提案を試みている。
最初の提案は今から組長会提案インターネット見本17年前の平成11年(1999年)

次の提案は
約3年半前の平成25年(2013年5月) 当地方の自治会長を務めた時に行った。
自治会長_新米_はつらいよ 
 

全ての提案が失敗に終わった後、昨年の5月17日に、このブログを立ち上げた。

 

 
このブログはこちらの記事にも書いたように、或る女性に向けた、しかもFXに関する考察を主たる目的としたブログとして出発した。

プロのFXトレーダである彼女に「深い教養に裏打ちされた、本物の愛を知っている、本物の女性」になってもらいたかったからだ。

何故か理屈抜きにそう思った。

もちろん、そういう部分もあるにはあったろうけれど、恋愛感情、というのとはちょっと違うと今の私は考えている。

子供のいない私が、
今まで自分が生きてきた過程で得られた「何物か」を確実に伝える事の出来る相手が欲しかったのかも知れない。

彼女は心理的に幼くて社会的に非常に危険な状態にある、……と確信していた、……という事情もあった。

自分がFXをマスターしたら、一緒に「創造ネット計画」を立ち上げて、華のある彼女に代表を務めてもらいたい、という現実的な思惑もあった。

ともかく、自分の全霊を尽して語りかけるだけの価値がある可能性に満ちた女性だと考えていたし、その考えは今も変わってはいない。
 

そんな意図から出発した、このブログだったのだが、………

 

 
この記事を書き終えた時点で、
彼女に関する限り自分としてやれるだけの事はやり尽くした

………という実感が何故か湧き上がってきて、

それ以降、このブログに向う私の姿勢は根本的な部分から変化し始めたようだ。
 
 
何故そうなったのだろう?

そろそろ生活資金が底をつき始めている、………という事情もあったのかも知れないけれど、

実際問題として

「上記した記事には彼女に対して自分ができる究極の助言が表現し尽されている」
という判断が最も大きかったと思う。

その時の私は
それ以上、上から目線で彼女に語りかける事が出来なくなってしまっていたのだ。
 
 
全体として言える事は、
その時点で、それまでの私が持っていた「人間としての表側の力」は全て使い果たした、………という事なのだと思う。

後は、その「表側の力」の裏にあった様々な問題点が次から次へと浮かび上がって来るのが状況の流れの必然だったのだ、と思う。
 

 
………こんな事を言うのは早過ぎるのかもしれない。

しかし、
苦しかった昨年末以降、今日までの1ヵ月は、自分にとって非常に大きな体験を与えてくれた貴重な期間だったと思う。

或る意味では決定的な期間だった、と断言しても良い。

たとえこのままの状態で自死に向わざるを得ない結果に終わるとしても。

今までの自分の人生の裏側にあった問題点の全てを確実に見届けることが出来たのだから。

人の心の真実を見極める事が出来たのだから。
 

 
もしも私がFXをマスターした上で「創造ネット計画」の実現に向っての行動を開始していたとしたら、

それは今の私が考えている「創造ネット計画」とは全く別のものとして、別の形をとって進行し展開して行ったに違いない。

そして、何時か必ず破綻の時を迎えたに違いない。
 

 
殆ど全ての人々は成功者、実力者、権力者の前では決して本当の姿を見せない。

そして、その事実を自分自身に対してさえ隠し続けている。

人の心の真実は「自分自身を含めた絶対的弱者」の前にしか現われないものなのだ。

未来を切り開く人間の本当の力は、その瞬間に現れた心の真実の中にしか存在し得ないものなのだ。
 

昨年末から次々に襲いかかってきた困難の裏側にある「コンステレーション」の本当の意味は、この真実を自分に教える事にあったに違いない。
 

 
………こういう考えの下に今の私は「創造ネット計画」の実現に向っての現実的な努力を開始しようと思っている。
 

 

再び

……………………… 以上 ………………………………

 
先週の19日(木曜日)、
妹にカウンセリングを提案した時と同じ意味に於いて

今の私は読者諸氏に対して「創造ネット計画」を提案したい。

未来的、実験的ではあるけれど非常に現実的かつ具体的な事業計画である「創造ネット計画」への投資をお願いしたい。
 

いや、
現段階に於いては投資としてではなく
面白い遊び、或いはゲームに対する代価の支払いという意味で、でも構わない。

困窮してる私の経済状態に対する援助という意味で、でも構わない。

しかし、
それらの「支払い」や「援助」は最終的に「創造ネット計画」への投資に結びついていかなければ私にとって本当の意味は持ち得ない。

それらの「支払い」や「援助」を行っている人々の動機を最終的に「創造ネット計画」への投資に結びつけていく事が、その場合に於ける私の仕事になる、と考えている。
 

 
投資、或いは代価の支払い、或いは援助、に関するルールは次回の記事から展開していく予定のプレゼンテーションの冒頭でお示ししようと考えている。
 

 

コンステレーション …… ③

 

 
前回の記事の結論は以下の通りだった。

………………………………………………………

「具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラム」を完全に仕上げた後

それを粛々と実行していくこと以外にはありえない。

………………………………………………………

………という訳で、
具体的に身辺の整理をする最初の段階として、弟と妹に連絡して「事後処理」の相談を行った。

ありのままに現在の自分の状態を説明して彼等の反応と対応を受け止めながら感じたのは、やはり「コンステレーション」だった。

特に妹は大きな生活の変革の時期に差し掛かっている、………という風に私には見えた。

妹……と言うより、「妹」と「25歳になる妹の息子」の前に開けている巨大な可能性を具体的にハッキリと強く私は感じ取った。
 

 
………という事で、

今後の私の行動に関する結論から言うと、

① ……… 妹から7万円の資金援助を受けて、自殺の決行を1ヶ月先延ばしにする。

② ……… その間に週1回のペースで妹と1時間程度の話し合いを行う。

③ ……… その話し合いの結果によって、それ以降の私の行動の基本的な方向が決まる事になる。
 

 
妹には妹の考え方があるだろうけれど、
妹との「話し合い」に対する私の意味づけと考え方と姿勢は「彼女に対するカウンセリング」だ。

「彼女に対するカウンセリング」を前提としての「話し合い」を私は妹に提案し、

5日間に渡る断続的な厳しい交渉の後に妹は私の提案に同意し、今日の昼過ぎに7万円を支払ってくれた。
 

 

上記の決定についての説明を以下に試みてみたい。

 

 
最近の私は自身の生存を賭けて職探しの為の面接を重ねてきた。

最初はハローワークの仕組みさえ知らない全く無知な状態から始まったのだが、………

試行錯誤を重ねる内に、
個人的および社会的な意味での「職探し」という行為の本質を理解するに到って私は職探しを断念(卒業)する事にした。

現在の私にとって、「職探し」は現実社会に対する屈服の第一歩に過ぎない事を痛感させられたからだ。
 

仮に職を探すことが出来たとしても、本当の能力を生かすことができない手足を縛られた状態の中で自分を見失ってしまう他はない。

若い頃ならいざ知らず。
………それが73歳という年齢の体力的および社会的な限界であり、現実だ。

そういう状況の中で今までの自分の主張の意味や価値を私自身が否定せざるを得なくなる、………と判断した。

………だから私は自死を選択したのだ。
 

 
一方、………
73歳の老人の職探し体験には上述したような否定的な見方とは真逆な解釈の仕方もあり得る。
 

私は今まで社会というものを大所高所から理論的にしか眺めてこなかった。

その私が絶対的弱者の立場から現実社会へのアプローチを続けなければならなくなった訳なのだが、………。

その体験の中で私が得ることの出来た情報の量には莫大なものがある。

何も知らない若者が訳も分からないままに多数の企業への就職活動を続けていた訳ではないのだから、………。
 

…最初は独立行政法人の地方支部の総務課長氏との面接。

次は200人規模の事業体の経営責任者氏との面接。

3番目は60人規模の企業の経営責任者氏との面接。

………何等かの偶然が重なって私は3つの異なったタイプの事業体の責任者との厳しい面接を体験する事ができた。
 

面接に向う前には当該事業体に対する徹底的な事前調査をインターネットで行った。

履歴書や経歴書を作成しながら過去の自分の行動の社会的な意味についても徹底的に考えさせられた。

面接の場で得られる情報については以前の記事にも書いたけれど、面接の結果として先方から頂いた反応にも人間的な経験として深く考えさせられる事が多々あった。

 

………上記した主要な面接以外にも
ハローワークのインターネットサイトでの多数の募集情報の検索と調査と電話での問い合わせといった体験から得られた現実的な情報の量は莫大だったとしか言いようがない。
 

 
それら最近の職探し体験の結果として
弟や妹との「事後処理」の為の話し合いを行った時の自分には、過去の理論的な社会理解に裏打ちされた現実社会に対する高度で実感的な認識が蓄積されていた、………はずだ、と私は考えている。

そういう私の前に
巨大な可能性を持っている「妹」と
「25歳になる妹の息子(私の甥)」が
事の本質を理解しないままの状態で現れたのは単なる偶然にしては余りにも出来過ぎている。

私自身の運命の転換点と妹と甥の運命の大きな転換点がシンクロナイズしているのだ、………としか私には考えられない。
 

 
或る面では特殊な苦労をしてきた
特殊な感性の持ち主ではあるけれど
全体として妹は慎ましく普通の生活の中で普通のありふれた夢を抱いている普通の女性であり母親だ。

私のような生き方を理解することは出来ないだろうし、私も理解してもらおう等とは思っていない。
 

それ故に
今回の「事後処理」に関する話し合いの当初に見せた彼女の姿勢は非常に厳しいものだった。

死にたいのなら死んだらいいんじゃない?
 

弟の姿勢は更に厳しかった。

兄弟は他人の始まり、………と言い
他人の不幸は蜜の味、………とも言うけれど、

弟には私の困窮を喜び私の死を望んでいる気配さえ感じられた。
 

事ここに到るまでには兄弟家族間の長い長い歴史的な過程が積み重なっている。
 

 
………そうした状況の中で私は彼・彼女と話し合いをしなければならなかった。
 

 
最終的に妹が私の提案を受け入れてくれたのは

長く厳しい話し合いの末に

我が家の長男としての私の「父母や弟や妹に対する愛」を実感してくれたからだ、………と今の私は感じているし考えている。

それ以上でもなければ、それ以下でもない、………と。
 

 

………………………………………………………

 
………というような次第で、
これから1ヵ月に渡って行われる予定の「妹との話し合い」に於いて

私が直感している
「妹」と「25歳になる妹の息子」の前に開けている巨大な可能性は

現在の妹本人には何の意味もない。むしろ危険物だとさえ言える。
 

それを受け止めるだけの器のない者にとって「巨大な可能性」は「巨大な重荷」に他ならない。

無理に挑戦すれば自分自身だけではなく周囲の人々にも迷惑を及ぼす結果に終わる。

それについては私自身が身をもって体験してきた事だ。
 

 
今後の「妹との話し合い」の中で

私は現在の自分が感じている「巨大なコンステレーション」の正体を見極めながら妹と自分にとって最も適した将来を模索して行こうと考えている。

前回お話した三島由紀夫的な意味での「私の自死」を含めて。
 

 

 

やはり予定どおり………。

 

今週一杯、可能な限りの努力をしてみたのだが、………
事態は一回りして去年の12月10日のこの状態に戻ってきた。

心理状態も当時と同じ………
いや、
約1ヵ月の試行錯誤の結果として自分の「詰み」は避けられない事実だという事がハッキリした分、気持ちが強まっている。

死に対する恐怖感はないし
やれるだけの事はやり尽くした、と言い切るだけの自信があるから
むしろスッキリとした清々しい気分でさえある。
 

母の死を覚悟した時の事を思い出す。
母の苦しみを見ている事に耐え切れずに担当の先生に電話した時、彼から受けた説得を、………。
 

ここで母を入院させたら、それまでの私の努力は全て無に帰する、………と彼は力説した。

当時の様々な事情から母を入院させる事は病院としても迷惑以外の何物でもない、………という理由もあったのだろうけれど、………

現代日本の医療制度の枠の中で、異端ともいえる母に対する私の介護方針に可能な限り協力してくれた彼の言葉は、やはり心に沁みた。

圧倒的多数の人々の多様な死と接してきた人の言葉には逆らい得ない重みがあった。
 

ところで、
今回の状況に於いて自分を説得したのはコンステレーションだったのだ、と今の私は考えている。

仕事探しの毎日の中で私は出会った全ての「コンステレーション」を見誤っていた。

出会った全ての「コンステレーション」との勝負に私は敗北した。

73歳の老人がパート労働先を求める、という事に対する世間一般の常識的感覚を覆すだけの説得力を私が持っていなかった、………とも言える。

今の私には、出会った全ての「コンステレーション」が敗者としての自分に死ぬ事を命じている、という実感がある。
 

これ以上、見苦しく生きる為だけの行動を続けたら、今までの私の努力は全て無に帰する。

見苦しい行動をせずに、しっかりと運命を受け入れて正しく死ぬべし、………という心の底から湧き上がってくる強く深く冷静な意志を感ずる。
 

 
私は世界や日本の近未来に対する或る種の思考や直感を持っていて、その思考や直感の可能性を信じている。

それを信じ育てる事のできる人間は私以外にいるはずはないとも考えている。

私は自分の内にある思考と直感と、それに伴って生ずる計画→「創造ネット計画」の唯一無二の理解者なのだ。

しかし、………
 

確かに私は「創造ネット計画」の可能性を信じてはいる。

その私が私という人間の現実適応能力を信じることができなくなっている。

「創造ネット計画」を現実社会の中で育てていく力は自分にはない、………と判断し始めている。

自分の愚かさ醜さ力不足を正面から見つめ受け入れて正しく死ぬべし、………と。
 
 

もしも、ここまでこのブログを読んでいらっしゃる人がいたとして、
その人に対して今の私に出来ることは
正しく、そして可能な限り美しく死んでみせる事しかないと思う。
 

母を看取った時に私が理解した意味での神がイエスを通じて人間に示した真実と比べるのは余りにも傲慢な例えだけれど、………

私という人間の心の真実、

つまり、
このブログの全ての記事の底に流れている
私という人間の心の真実、

を示す為に今の私に出来る唯一の方法は自分の命を生贄として差し出す事。

それ以外にはない、………と考えている。
 

 
日本には武士が自分の心の真実について証を立てる手段としてとして切腹という古来から伝わる方法がある。

私は三島由紀夫ではないので流石に割腹までするつもりはないけれど、………。

御家再興に向けて全ての努力を尽した後、切腹によって従容として死に赴いた大石内蔵助の美学に心酔している面はある。
 

 
………という事で、………今後の私が取り得る行動は
 
前回の記事に書いた

「具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラム」を完全に仕上げた後

それを粛々と実行していくこと以外にはありえない。
 

 
このブログについては、
こういう記事を書く事に問題を感じない訳ではないのだけれど、やはり今までの行きがかり上、ここまでは書いておくべきだと判断した。
 

この後の処理および成り行きは先ほどの記事に書いた通り。
 

「詰んだ」という判断が下された場合は、
これ以上ブログ更新はせずに1~2週間後に全ての記事を削除する。

 

サイトはサーバーとの契約が切れる来年の6月4日まで記事なしの状態で残って、その後はサイト自体がネット上から消えていく事になる。

 

「souzou.net」という貴重なドメインも来年の6月4日に契約が切れる。

コンステレーション …… ②

 
このブログは「今のところ誰も見ていない……ことになっているブログ」だ。

けれども、やはり誰かに読んでもらいたい、何事かを訴えたい、伝えたい、……その為に、このブログを書き続けよう、……という思いも本音だったし今も本音であり続けている。
 

 
或る女性に対して自分が感じている「重要な真実」を、どうしても伝えたい、……という切実な思いから始めたのが、このブログだ。

色々な事情があって、
そういう目的を達する為には 「誰も見ていない………ことになっている」形 で記事を進行させるのが最も理にかなっている、という判断から始めたのが現在の奇妙な形式の出発点だった。
 

インターネットの世界では時として思いがけない経歴や思いがけない能力を持った人物と遭遇する事がある。

35年以上前、東大の工学部を卒業してシリコンバレーで当時最先端のCGプログラムの開発に携わっている若い男性が私に語りかけてきた時の事を思い出す。

インターネットが始まったばかりの頃のネットニュースの世界での出来事だった。

それから少し後、2ちゃんねるの最盛期、私が立てたスレに「ひろゆき」が降臨した事もあった。
 

先ほど書いた
「自分が感じている『重要な真実』を、どうしても伝えたかった或る女性」
と遭遇したのは今から7年ほど前、既にブログが全盛期を終えつつある頃だった。

30歳前半、いや、ひょっとしたら40歳台?
東京都在住、長身の美人( 自称 )
当時のFXブログランキングで常に1位の座を確保している人気ブロガーだったし「2ちゃんねる」でも専用のスレが立っていて彼女を巡る話題が沸騰していた。

「FXは最初40万円でスタートし約1ヵ月半で300万になりましたが、そこからはロスカットやら自信喪失やらで長い暗黒時代を経験。その後はなんとか暗黒時代を抜けて、現在は都心の一戸建てが2個買えるくらい」

………これがFXに関する当時の彼女の実績という事らしく、それは確かに真実だと感じられた。

東北大地震の際には愛車のハーレーを駆って親友の安否を尋ねて回り、確か1千万円を国に寄付した!………とか!

とにかく非常に変わった、とんでもない性格の、とんでもない女性だった。
 

私が当時公開していたブログで彼女のブログの紹介記事を書いたら思いがけない形で返信を受けたのが彼女との関わりの始まりだった。

それ以降、彼女のブログと私のブログとの間で展開された「衆人環視の奇妙な勝負」は2年ほど続き、多くの人々が興味津々で成り行きを見護っていたものだった。

2年ほど経過した後、「勝負」は彼女のブログの突然の中断という形で幕切れとなり、私のブログも本当に誰も見ていないブログになって終了せざるを得なくなった。
 

………中断されていた彼女のブログが活動を再開した事を知ったのは今から3年半ほど前のことだ。

それ以降は彼女のブログに公開・非公開のコメントを私が投稿するという新しい形の関わりが2年近くに渡って続き、一昨年の7月に再び彼女のブログが中断する事によって、その関わりも終了した。
 

 
その内容や動機の詳細を簡単に説明する事は不可能だけれど、私には彼女にどうしても伝えておきたい思いや事柄があった。

「どうしても伝えたい思いや事柄」を彼女に伝えるために始めたのが、このブログだった。

私自身の経済的事情からFXを本格的に学ぶ事にした、という経緯もあった。

FXの実力を身に付けて、いつか彼女との「勝負」を再開したいという気持ちもあった。
 

 
色々な事情から考えて、最近まで彼女がこのブログを読んでいることは確実のように感じられた。

しかし、昨年の11月末にこの記事をアップして以降、何かが大きく変化し始めた事を私は感じている。

彼女の心が変化しているように感じられる事は確かだ。

けれども、それ以上に私自身の心が大きく変化している、………と私は考えている。
 

どうしても彼女に伝えたかった思いや事柄は上述した記事を書き終えた時点で伝え終わったのだ、………と今の私は感じている。

それ以降の私の文章は大きく変化した。
その事が私自身の心が大きく変化した事実の何よりの証拠だと今の私は考えている。
 

……………………… 以上 ………………………………

 

………………ここまでが、このブログを書き始めてから現在に到る事情の説明である。

今後は彼女に対してだけでなく、彼女を含めて自分に縁があるかもしれない人々に読んで頂く為に、このブログの記事を書いていこうと思っている。
「誰も見ていない………ことになっている」実験的ブログとして。
 

 
………という事で今までの記事に一区切りつけて、
このブログを初めてお読み頂く方々に現在の私の生活状態をお伝えする事からスタートして、今後の記事を展開していこうと思う。

この記事のタイトルが何故 「 コンステレーション …… ② 」 になっているのか、という事情も以下の文章をお読み頂けば納得して頂けるのではないかと考えている。
 

まず、
FXについて言うなら、現在の私はそれをほぼ完全に「理解」できている……と感じている。

もちろん、本番トレードを開始して最低限(月10万円ほど)の利益を確実に得る程度、……という意味での「理解」ではあるけれど、

今の自分に欠けているのは、その理解をデモトレードで確認する為の半年程度の期間と、20万円程度の資金準備だけだ、………と考えている。

しかし、欠けている部分は絶対かつ決定的だ。

20万円程度の投資資金の準備はおろか、あと1ヵ月の生活そのものを維持していく金もなくなっているのが現在の私だ。

私は働き口を探しに職安に行く他はなくなった。

けれども、
その事実より、そうした現実を招き寄せたこれまでの私の生き方の根幹の部分にある考え方やものの感じ方は更に問題だ。
 

 
だから、働き口を探しに職安に行く他はなくなった事それ自体は、むしろ現在の自分に与えられた反省的思考に対する絶好の機会なのだと思っている。

しかし、やはり現実は厳しい。働き口はみつからない。

そうした絶体絶命とも思われる窮地の中で救いの神とも思われる最初の募集先が現れて面接にまで漕ぎ着ける事ができた。

奇跡的とも思える状況に私はコンステレーションを感じていた訳なのだが、………
 

最初の面接は失敗に終わり、
前回の記事に書いていた2回目の面接も失敗に終わった。
運命の女神は更なる反省を私に求めているのだ。
 

最近の私は失敗する度に自殺を考える。
漠然としてではなく非常に具体的に身辺の整理を初めとして遺書の内容や死出の旅路のルートの確認から必要経費の算出と確保、出発日時の想定……等々、死に到るまでの詳細かつ周到なプログラムを工夫し続ける。
 

以前から分かっていた事だが、
死に向う具体的な準備をする事は、死に対する漠然とした恐怖を克服する上で最高の手段だという事実を改めて確認させられる。

死というものを具体的に身近に詳細に観察する度に、訳の分からない不思議な気力が私の心身の底から湧き上がって来る。

しかし、その気力は本物なのだろうか?
 

今現在の私には別の面が見えてきている。

今まで受けた2度の面接に失敗した後の自分の心の動きを振り返って見えてくる事がある。
 

死の準備をしている時の私は非常に傲慢な心理状態にいたのだ、という事だ。

その時の私は、
死を恐れない自分に陶酔していたのだ、………としか考えられない。

誰からもまともに相手にされなくなってしまったのは、過去から現在までに到る私自身の行動の当然の結果であるにも関わらず………。
 

そうした事実を棚に上げて
自分の弱さ愚かさ醜さを認めようとせずに自分の言い分は絶対に正しいという思い込みの只中にいた。

このブログを書くという行為も、そのような自己正当化の為の重要な手段だった。
 

今まで見えていなかった自分の弱さ愚かさ醜さが本当に見えてきて、分かってきて、納得できた時、………

自分に与えられた「コンステレーション」を本当に正しく感じ取り理解し、それを受け入れる事ができた時、………

何故か不思議な出来事が起こって、その事を知らせてくれる。

………そんな小さな何気ない出来事が先ほど私の身に生じた。
 

………事実を言ってしまえば、
最近どうしても直すことができなかったパソコンの不具合が何故か急に回復した、………というだけの事なのだけれど、………。

それが私には、どうしても不思議な偶然としか感じられないのだ。

いままで絶対に認めようとしなかった自分の弱さ愚かさ醜さを本当に理解し受け入れる気持ちになった時、何故か突然パソコンが不具合から回復してくれた………というだけの事なのだけれど。

その小さな出来事が私には神の赦しの現れとしか感じられない。
 

私は今、極めて自然な当たり前の事実として自分に与えられた「コンステレーション」を受け入れる事ができる。
 

 
このブログを始める動機を与えてくれた女性に対する最後のメッセージを伝え終えた直後から私は自分に与えられた新しいコンステレーションの只中に入り込んだに違いない。

いや、宇宙にも例えられる広いインターネット空間上で、このブログを始める動機を与えてくれた彼女と出会ったという7年前の偶然こそが私の人生に与えられた最大のコンステレーションなのかもしれない。

このブログを、ここまで書き進めてきた今、
目の前に見えている非常に困難な世界情勢
ここに到る原因となっている人間という存在の本質を考える時、
私は近未来の日本社会に於いてプロの物書きとしての立場が自分に与えられる時が来ることを切に願わざるをえない。

生き続ける事さえ出来たなら………。

何等かの形で生き抜いて、このブログを書き続ける事さえ出来たなら………。

生き抜く事によって、今までの自分に欠けていた現実面での生活能力を獲得する事さえ出来たなら………。
 

 

……………………… 再び 以上 ………………………………

最後に前回の記事で紹介した「コンステレーション」に関する3つ記事の中の一つのリンクを再掲して今日の記事を終了したい。

「共時性(シンクロニシティ)」とは?~意味ある偶然の一致~

個人は誰でも自分に与えられた物語としての「コンステレーション」の中を生きている。

人によって、その事実を自覚するしないの違いはあるけれど、………。

………………………………………………………

どのような結果に終わるとしても、私は自身が感じ取り理解した「コンステレーション」を生きていくほかはない。
 

 
…マッティナータ(朝の歌)

………background music………

マッティナータ(朝の歌)
マッティナータ(朝の歌)の説明
対訳歌詞

ルチアーノ・パヴァロッティが歌う★マッティナータ(動画)★
アンドレア・ボチェッリが歌う★マッティナータ(動画)★
全盛期の三大テノールが歌う★マッティナータ(動画)★

イル・ヴォーロが歌う★マッティナータ(動画)★…音量に注意…

韓国のテレビ放送番組で歌われている★マッティナータ(動画)★
シン・ヨンオクが歌う★マッティナータ(動画)★
韓国の無名ソプラノ歌手が歌う★マッティナータ(動画)★

ジュゼッペ・ディ・ステファーノが歌う★マッティナータ(動画)★
ユッシ・ビョルリングが歌う★マッティナータ(動画)★
ジョーン・サザーランドが歌う★マッティナータ(動画)★

山口佳子が歌う★マッティナータ(動画)★
韓国テナー・日本テナー・香港テナー・・の3人グループが歌う★マッティナータ(動画)★

素人(多分アメリカ人)が歌っている★マッティナータ(動画)★
素人の女の子(イタリア人)が歌う★マッティナータ(動画)★

黒人歌手が歌う★マッティナータ(動画)★
ニコラ・ベネデッティジョセフ・カレハの共演で★マッティナータ(動画)★