新しいサイト構築の記録-9


..今後の具体的な生活方針
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インドという国について(4)
国内政治・外国との関わり・軍事軍備

今後の具体的な生活方針
2022年3月28日

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目次
………
序文
生活保護を受けている現状から
卒業する事は可能なのだろうか?

………

「創造性開発カウンセリング」
という「行為」の現状

………

アキラとの関わりを通じて学び得た
………かもしれない真理

………

来たるべき活動の時に備えて
………

 


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序文
生活保護を受けている現状から
卒業する事は可能なのだろうか?

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これは以前の記事で申し上げている事
繰り返しになるのだけれど、
 

現在の私としては
改めて強く深く以下のような感慨を
抱く他はない。

昨年末から先月の23日まで、
週に2回、全11回、延べ80時間に及んだ
アキラとの面談から学び得た事柄は
私にとって非常に大きかった。
………
………
面談が始まった当時の私は
………
このブログを書き続ける事によって
進めてきた「創造ネット計画」に関する思考が
行き着くところまで行き着いていて
………
後は何等かの実際行動を開始する他はない
という状態にあった。
………
………
そういう時に以前からの因縁がある
アキラから相談を受けた事には
単なる偶然を越えた深い意味
(コンステレーション)を感じざるを得ない。

 

 

自殺しようとしている命を救われた時から
数えて
もうすぐ5年近くの日々が過ぎよう
としている。

当時の自分が将来の自分について
考えていた事や感じていた事

改めて思い出す。
 

生活保護を受けている現状から
卒業する事は可能なのだろうか?

 

その為の唯一の具体的な手段として
現在までの私が考え続けている

「創造性開発カウンセリング」


「仕事」として、「職業」として、
成立可能な「行為」なのだろうか?
 

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「創造性開発カウンセリング」
という「行為」の現状

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「創造性開発カウンセリング」
「創造ネット計画」を現実化していく上で
どうしても必要な「行為」だ
と私は考えている。

この「行為」が
「仕事」として、「職業」として
社会的に認められるまで
「創造ネット計画」が現実化へ向って
歩を進める事は不可能だ、と考えている。
 

それにも関わらず
「創造性開発カウンセリング」は
以前にアップしたこの記事の様な状況のまま
現在に到っている。
 

どうすればこの現状を越えて
「創造ネット計画」を現実化の方向に
向かわせる事ができるのだろう?
 

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アキラとの関わりを通じて学び得た
………かもしれない真理

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「仕事」や「職業」というものは
その意味や価値を社会に認められて
初めて成り立つものなのだけれど、………

「創造性開発カウンセリング」が
「仕事」として、
「職業」として社会に認められる日が
来るのだろうか?
 

その可能性に関してなら

アキラとの関わりを通じて学び得た
………かもしれない真理

の中に答えが
あるような気が今はしている。
 

あの時のアキラが
本当に求めていたもの
………
本当に必要としていたものは
何だったのか?

………という問い、
 

そこのところに

「創造性開発カウンセリング」が
「仕事」として、
「職業」として社会に認められる日が
来るのだろうか?

………という私の悩みに対する
答えを見出す為のヒント
が潜んでいるような気がしている。
 

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来たるべき活動のシーズンに備えて

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現在の一般的な日本の人々が
本当に求めているものは何なのか?
………
本当に必要としているものは何なのか?

 

その問いに対する正しい答えを
自分なりに得ることさえ出来れば

「創造性開発カウンセリング」が
「仕事」として、
「職業」として社会に認められる時は
必ず来るに違いない

 

その時から始まるはずの

来たるべき活動のシーズンに備えて

蓄積しておくべき様々な
そして極めて具体的な知識や技術がある。
 

 

改めて考えてみれば

今までの自分は、
そういう意味での
極めて具体的な知識や技術以前の
………
極めて抽象的な知識だけを求め続け
………
そういう知識を得る事だけで満足している
………
極めて抽象的な人間だったのだ!
抽象的な知識だけに生きている
人間だったのだ!
………
………
なんとかして
こういう自分の在り方から脱却しなければ
ならない!

 

………なんちゃって

そもそも、
こういうものの言い方そのものが
極めて抽象的な知識の中だけに生きている
今現在の私の在り方を示している事は
分かっているのだけれど、

………ともかく今の私は
先ほど申し上げた風に思いを定めて
今までとは全く異なる具体的な生活を開始
しようと考えている。
 

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………

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..現実化に向っての新しい展望
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さくらさくら
伝統的な日本の歌曲

「創造ネット計画」の現実化
に向っての新しい展望

2022年4月4日

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目次
………
序文
吉野の山は今、桜が満開なんだろうな!
………

今の私にとっての
「創造性開発カウンセリング」

………

今の私にとっての
「創造ネット計画」

………

遥か彼方の目標に向っての
新しい展望

………

 


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序文
吉野の山は今、桜が満開なんだろうな!

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この記事のバックグラウンド曲を
「さくらさくら」に決め、
それに合う動画を「Youtube」で探していたら
吉野山のものが幾つもヒットした。

それらの動画を観ながら
何故か懐かしいような気分に包まれている
今の自分に少し驚かされる。
 

こんな事を5年前の3月に経験して以来
「吉野」という名前は長い間

つらく悲しい気持ち………
………なんか遥かに超えた生々しい死の感覚

を呼び起こす恐怖に直結した言葉
でしかなかったのだけれど、………。
 

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今の私にとっての
「創造性開発カウンセリング」

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これも最近の記事で書いた事なのだけれど、

私が実際に
「創造性開発カウンセリング」を意識した
対人関係を行ったのはこの時が最初だった。
 

上記でお示しした記事を御覧願えば
お分かり頂けるはずなのだけれど、

この時には私の意図は達成されず
「創造性開発カウンセリング」は成立する
遥か前の段階で終了となり、

その後の私は自死を遂げようとして
吉野の山に向う事になったのだった。
 

………
次に
「創造性開発カウンセリング」を意識した
対人関係を行ったのは
最初の体験から丁度5年後、今年の1月7日
この時の事だった。
 

この時のアキラとの関わりは
こんな経緯の末、約2ヵ月後に
この記事で述べられているような形で
とりあえず一旦は終了しているのだけれど、

そうした体験を経た後、今の私にとっての
「創造性開発カウンセリング」はこの記事
およびこの記事で述べられているようなもの
になっている事は確かだ。
 

 

…………………………………………………
………以上、

この文章では敢えて
以前に申し上げた事を繰り返す、という形で

今の私にとっての
「創造性開発カウンセリング」
に対する思い

を再確認させて頂いた。
 

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今の私にとっての
「創造ネット計画」

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つい最近までの

私にとっての「創造ネット計画」

についてはこの記事に表現され尽している。
 

しかし

今の私にとっての「創造ネット計画」


上記で語られている状態から
一歩前進した状態にあるように感じられる。
 

少なくとも上記した記事のこの部分
申し上げているような

これからどうなっていくのか?
………
先の事は分かりません。

というような感じからは卒業できている
のが今の私だ、と言える。
 

………
今の私にとっての「創造ネット計画」は

漠然とした夢の様なものではない
緻密に組み立てられた確実で現実的な計画

だ、と言える。
 

その確実性と現実性を支え保障している
手段となっているのが
「創造性開発カウンセリング」なのだけれど、
………

そうであるだけに

「創造ネット計画」現実化へまでの道のり
の大きさを確実に実感するようになって

最近は
心身への具体的で巨大な負担に圧倒される
日々が続いてきる。
 

しかし、
その負担感を消化する度に

その重さ、巨大さに応じた具体的で確実な
力と知恵が
心身の底から芽生え育っていう事を実感
できている事が大きな励みになっている。
 

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遥か彼方の目標に向っての
新しい展望

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………

写真を撮りに出かけた時に出会った人々、
………との内的な関わり。
………
………
買い物に出かけた時に出会う人々、
………との内的な関わり。
………
………
病院にいった時に出会う医師や看護師、
………との内的な関わり。
………
………
こうした記事を書く時に想定している読者、
………との内的な関わり。
………
………
外国人も有名人も含めて
インターネット上で見かける全ての人々、
………との内的な関わり。

 

………
今の私には毎日毎日、日毎に繰り返される
他者との内的な関わりの体験の反芻
その結果に伴って生ずる反省こそが
「創造ネット計画」を現実化していく作業の
一歩一歩なのだ、と感じられる。
 

彼等への「創造性開発カウンセリング」を
妄想ではなく限りなく現実的に想定しながら
日々を過ごしている。
 

………
傲慢を承知の上で敢えて申し上げるなら

このような作業の一歩一歩が
「創造ネット計画」現実化への道程なのだ
と考えている。
 

 

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………
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..今までの自分から遠く離れて
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海の歌 (日本 VS イタリア)

今までの自分から遠く離れた
地点に立って

2022年4月11日

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目次
………
序文
今までの自分から遠く離れた
地点に立って

………

自分の現実を冷静に見詰めている
現在の自分

………

新しい社会生活への予感と準備
………

ブログの再構築に向って
………

 


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序文
今までの自分から遠く離れた
地点に立って

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前回の記事を書いている時、
私の内には
それからの後の自分が実行していくべき
幾つもの具体的な計画があった。

それらの計画を実行していく気力を
湧き上がらせ掻き立てる為に
記事を書いていた、とさえ言える。
 

けれども、
書き上げた記事をアップした後、
私の心身の状態は思ってもいない方向へと
変化していた。
 

書いている時の思惑とは全く逆の心理が
自然に深く静かに私の全身を包み込んで
いたのだ。

予定していた行動計画を実行する気なんて
かけらもない状態のまま
今日までの私は
毎日を淡々と平穏無事に過ごしている。
 

何故こんな事になってしまったのだろう?
 

 

今になって思うのは
あの記事を書いてアップした自分の
無意識的な心の動きだ。
 

あの時、私の無意識は
自分の意識を
その時にいた地点から遠く離れた場所へと
旅出たせる計画に集中していたのだ。
 

その様な無意識の動きに対応する方法は
これしかないし、
そういう方法にかけて現在の私は
達人の境地に達しているのだ、

………と思っている。
 

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自分の現実を冷静に見詰めている
現在の自分

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前回の記事をアップした後
私の意識に自然に湧き上がってきたのは
自分の現実を冷静に見詰める
醒めた様な何とも不思議な心の動きだった。
 

何の感情も伴わない、
目の前の鉛筆や消しゴムを見るような気持ちで

これまでに自分がしてきた事や
考えてきた事を振り返り
ありのままの現実を正確に評価している私が
そこにいた。
 

 

当然の事ながら、これまでの自分は
どう考えても
世間一般の視点から見た場合だけでなく
私自身の評価基準から見ても
単なる社会の落伍者でしかなかったし
現在の自分も落伍者である事に変わりはない。
 

そういう自分の現実を拒否しようとする
強烈な心の動きが
「創造性開発カウンセリング」や
「創造ネット計画」という
今までの主張の動機となっていたのだ、

という当たり前の事実を
自然に受け入れている私がいた。
 

 

…………………………………………………
………しかしながら、

それにしても

今回の記事のタイトルに使わせて頂いた動画
の画面に流れる歌詞に泣かされている
今の自分は何なのだろう?

………と思う。
 

サンタルチア お前はただ
ちっぽけな「湾」があるだけじゃないか
………
でもお前から離れると
いっそう美しく見える

 

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新しい社会生活への予感と準備

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ロシアのウクライナへの侵攻があって以降
世界は大きく揺れ動いている。
 

こういう時は特に
生活保護受給者という
現在の自分が置かれている立場の有り難さが
身にしみる。
 

無尽蔵に与えられている自由な時間を使って
心行くまで
ウクライナ情勢を巡る世界の動きや
それに対する様々な人々の考え方や意見を
観察し調べ尽くす事ができるからだ。
 

今までは考える事もなかった
世界各国の様々な歴史や政治情勢や
国際関係を初めとして

今までは意識する事もなかった
様々な識者やユーチューバー達の意外な側面が
明らかになって
「やっぱりこの人は信用できるな」とか
「この人はダメだなあ」とか………

こういう状況だからこそ知る事が出来る事が
幾つも幾つもあって
時間が経つのも忘れてしまう。
 

 

それとは別に

昨年末に始まって今年の2月末まで続いた
アキラとの関わりを通じて

現在の私には今までとは異なった次元の
新しい社会生活が始まりそうな
何となくの予感がある。
 

そういう予感に関連しての事だけれど、

最近になって
一ヶ月に500円ほどの支出増で
今は妹と連絡する必要上から持っているだけの
ガラケーをスマホに替えられる事が分かり

★スマホを使いこなした★新しい現実的な
社会生活について
あれこれと考えたりもしている。
 

 

………そんな折も折、

市の方から
課税免除の低所得者に対する支援金10万円を
支給して下さる、との連絡があった。

それだけあれば
今まで買いたくても買えなかった
インターネット関連の画像ソフトや機器を
揃える事ができるので、

どういうものを、どう買って、どう使って
新しいインターネットライフを始めるか?

将来はユーチューブに進出したいという
思惑もあるし、………
 

そんなこんなで
色々な事を調べたり考えたりしている内にも
時間が過ぎて行く。
 

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ブログの再構築に向って

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本来この記事は
「新しいサイト構築の準備」を目的として
一昨年の3月末から書き始めた
一連の記事シリーズの最新の記事だ。
 

始めた時は遅くとも3ヶ月後には
このブログこのランキングページに登録
するつもりだったのだけれど、

現在に至るまで登録しないでいるのは
失敗するのが恐かったからだ。

登録しても何の反応もなく無視されるのが
恐かったからだ。
 

しかし今の私は少しも恐くない。

ベストを尽して

それでも
ダメならダメで次の方法を考えれば良い
と自然に感じ考えている。
 

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………
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..時代の流れと社会(世界)の変化と
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フィンランドとフィンランディア
サンナ・マリン首相(フィンランド)
………
時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化と「創造ネット計画」

2022年4月18日

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目次
………
序文
僅か一週間前には思ってもいなかった
状況変化への予感と手応え

………

9年前・14年前には
考えてもいなかった状況変化

………

28年前の私が思い描いていた夢
………

時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化と「創造ネット計画」

………

 


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序文
僅か一週間前には思ってもいなかった
状況変化への予感と手応え

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年に一回開催される
当地域の自治会の総会に昨日出席した。

その際
以前から度々提起してきた或る問題に関して
思いがけない変化が起きている事を
深く自然に実感しながら帰宅した。

僅か一週間前には思ってもいなかった
大きな状況の変化が
私の内界および外界に生じていたのだ。
 

思い返してみれば丁度9年前の4月に
引きこもりのニートだった私は
或る事情によって
当地域の自治会長を務める事になったの
だけれど、………

当時の私は世間一般の常識など
持ち合わせている訳もなく、
就任後は
非常識な失敗を繰り返したり
地域の人々からは全く相手にされない
突飛な提案を行っては
失笑されたり馬鹿にされたりの日々を過ごす
羽目に陥ったのだった。
 

それ以降、当地域に於ける私は
風変わりで世間知らずの無能人間
という評価を受けて来た。
 

5年前に生活保護受給者になってからは
その評価が確定してしまった。
 

そういう状況と闘い続けて来たのが
ブログを書き続けて来た私の5年間だった
とさえ言える。
 

その闘いの果てに辿り着いたのが
前回の記事で表現した境地、……というか
心理状態だった訳なのだけれど、………


自分は「高村光太郎」でも
「西行法師」
でもない!

………という
極めて当たり前の事実を実感してからの私は
何かが大きく変化し始めているような気が
してならない。
 

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9年前・14年前には
考えてもいなかった状況変化

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9年前、自治会長を務めることになった私は
こんな冊子を作成して組長会に提出提案した。

それに遡る事14年前の1,999年11月、
当時1番組の組長だった私はこんな冊子
組長会に提出提案していた。
 

いずれの提案も当時の自治会からは完全に
無視されてしまったし、

そうした結果にどう対応すれば良いのか
考える事ができないまま当時の私は
自分を無視する自治会の空気に流される
他はなかった。
 

けれども昨日の自治会総会での状況は
私が苦しめられていた当時とは
或る意味で根本的な部分から
大きく異なったものになっている事に
驚かされている。
 

これなら
「創造ネット計画」の現実化は
決して不可能とは言えないのでは
ないだろうか?

 

………そんな事さえ今の私は考え始めている。
 

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28年前の私が思い描いていた夢

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今から28年前の私はこんな夢
思い描いていた。

その夢がインターネット上のブログや
「Youtube」やフェイスブック等の
SNSという
当時の私が考えてもいなかった方法で
実現されている今の社会および世界の状況に
改めて驚かされる。
 

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時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化と「創造ネット計画」

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…………………………………………………
………というような次第で

……今の私は

今回の表題の通り

時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化

に驚き

今後に於ける
「創造ネット計画」現実化の可能性を予感

……せざるを得ない心理状況の只中にいる。
 

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………
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..続 時代の流れと社会(世界)の変化と
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映画「ファウンダー」と「マック・ザ・ナイフ」

………
続 時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化と「創造ネット計画」

2022年4月25日

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目次
………
序文
このブログを書き続ける事の意味
「創造ネット計画」の現実化に
向っての密かな決心

………

3年前のささやかな成功体験の意味
について思う

………

出発点としての目の前の課題
………

21世紀に於ける新しい日本社会の
創造を夢見て

………

 


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序文
このブログを書き続ける事の意味

「創造ネット計画」の現実化に
向っての密かな決心

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もしもこのブログを書き続けていなければ
とっくの昔に
私は現実生活を優先する現実的な人間に
なっていたに違いない。

5年前、心に誓ったこの決意を忘れ果てて。
 

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3年前のささやかな成功体験の意味
について思う

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3年前の私はこういう問題に熱中していた。

その時の努力は下の写真のような風景を
当地域に現出させるという形で
実を結んでいる。


 

生活保護を受給するようになって2年後の
出来事だった。

理想からは程遠い結果だけれど、
台風時、巨大になりすぎた神社の樹木が
隣地に倒れ込んで被害を生ずる
という最悪の可能性を回避する事だけは
出来た。

2年前に私が自殺していたら生ずる事のない
社会的な変化だった。
 

 

先週の自治会総会で生じた小さな出来事は
その時に体験した様々な「事件」を通じて
思い知った
「普通に生きている人々のものの感じ方」
を思い出させ、深く考えさせてくれた。
 

「普通に生きている人々のものの感じ方」
「普通に生きている人々のものの考え方」は
今の私にとって重大な意味を持っている。
 

 

先週の総会以来ずっと考え続けて来た末に

人間の意志を越えた何物かの巨大な意志を
今の私は実感している。

自分に与えられている使命のようなものを
今の私は実感している。
 

………これは妄想なのかもしれない。
 

………それでも良い、
………それでも構わない、
 

今の自分の内底から湧き上がってくる
不思議な衝動の正体を見定める為にも

現在の使命感のようなものに従って
このまま生きていく他はない、
 

………と今の私は思い定めている。
 

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出発点としての目の前の課題

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当自治会の公会所の敷地の南側は
タイトルで使用した上の写真の様な状態
になってなっていて

この道は通勤や近くの高校に通う学生の
通学などに使われている生活道路なのだ
けれど、………
 

下の写真を御覧頂けばお分かりのように
石垣の上部が崩れていて
その上のフェンスも傾いてしまっていて
非常に危険な状態のまま放置されている。
 


 

そういう状態の石垣の横を
何も知らない人々が何も考えずに
普通に走っている。
 


 

 

この問題について私は
9年前、自治会長になった時に気付き
それ以来、事あるごとに訴え続けてきた。
 

しかし、驚いた事に
この地域の人々は誰一人として私の訴えに
耳を傾けようとはしなかった。
 

けれども
最近になって自治会の顧問を務めている人が
私の訴えを聞き入れて
石垣の工事の見積もりを取り寄せるところ
まで話を進めて下さった。
 

その結果として明らかになった工事費は
2千万円!
 

私が自治会長だった9年前の工事費は
600万円だったのに、………!
 

 

その事実を
先週に行われた自治会総会で知った瞬間、
私の心の底に芽生えた或るイメージがあり

そのイメージは現在の私の全身の内底で
少しずつ、しかし確実に成長しつつある。
 

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21世紀に於ける新しい日本社会の
創造を夢見て

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…………………………………………………
……以上、

前節までにお話した事柄の続きのお話は
余りにも複雑多岐に渡るものであり
今現在の私の能力では扱いきれない。

………………という事で

今回は
とりあえず語るべき内容に関する表題だけ
お示しして

詳しい内容は
次回以降の各記事に於いて
少しずつ進行させて頂こうと思う。
 

自身の内底から静かに湧き上がってくる
この不思議な衝動の正体を見極める為に。

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..続続 時代の流れと社会(世界)の変化と         ●
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スペースXとイーロンマスクと
月の砂漠


………
続続 時代の流れと社会(世界)の変化と
私自身の変化と「創造ネット計画」

2022年5月2日

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目次
………
序文
このブログを書き続ける事の意味
抽象的な思考から
目の前の問題を解決する為の現実的思考へ

………

今後の社会生活および
政治的な人間関係への予感

………

巨大なテーマに適応し得る
心と身体の在り方を求めて

………

普通の人々が普通に生きている事
に対する実感的理解

自分が確かに社会不適合人間だった
という事実の発見

………

 


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序文
このブログを書き続ける事の意味

抽象的な思考から
目の前の問題を解決する為の現実的思考へ

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今のところ
検索サイトのロボット以外に
このブログを定期的に読んで下さっている
らしい人は只一人だ、という事は
こちらのサイトに登録してある
このサイトのアクセスデーターを調べれば
イヤというほどよく分かる。

それ以外に、時々覗きに来る人が何人か。
 

………そんな状態であっても
仮にも目を通して下さる人がいる、
という事実は
私にとって励みでもありプレッシャーでも
あるのだ、と思う。
 

 

ともあれ、

本当に
ロボット以外、誰一人訪れなくなったら
どうなるだろう?
 

………それでも私は
このブログを書き続けるに違いない。

いつの日にか
多くの人々が読んでくれるだけの
意味と価値のある記事およびコンテンツを
数多く揃える事ができる自分が育つ時を
夢見て。
 

 

………私は自分が本当に書きたい事以外
書くつもりは全くない。

そんな私の記事であっても

いつの日にか
多くの人々が読んでくれるだけの
意味と価値のある記事およびコンテンツを
数多く揃える事ができる自分が育つ時を
夢見て。
 

 

………或る事情があって、
今までの私は宗教や哲学や心理学や科学に
関する抽象的な事柄にしか興味が持てない
人間だった。

現実的な人間関係や社会生活を
正しく維持する事ができない人間だった。

現実的な人間関係や社会生活を軽蔑し
甘く見ている人間でもあった。
 

そんな私が
現在の様な形で生活保護受給者として
生きているのは当然の結果なのだ、
と思う。
 

 

けれども、

そのような生活の中で
こんな形でブログを書き続けている内に
私の内底には何等かの巨大な変化が
生じつつあるように感じる。
 

変化を強烈に感じさせられたのは
先日の自治会総会だった。
 

その変化を一言で簡単に表現するなら
 

抽象的な思考から
目の前の問題を解決する為の現実的思考へ

 

………という事になるのだけれど、………
 

今回の記事では上記の変化について
少し深堀りしてみたいと思う。
 

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今後の社会生活および
政治的な人間関係への予感

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9年前に600万円だった石垣の改修工事費が
2千万円になっているとは!

前述した自治会総会で私が感じたのは

自分が知らぬ間に
世の中は大きく変化しているんだなあ

……という何気ない実感だけだった。
 

しかし、その時
私は知らぬ間に深い強烈な心理的ショックを
受けていたらしい。

帰宅した直後から
身動きできないほど様々な事柄を考える
日々が続いてきた。
 

自治会総会から3週間が経過した今、

現在の私は

今後に於ける自分の社会生活および
政治的な人間関係に対する
或る程度まで具体的で確かな予感
………
………というより予想
或いは漠然とした設計図

……を抱き描くところにまで到っている。
 


 

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巨大なテーマに適応し得る
心と身体の在り方を求めて

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「民衆の意識を
日常生活のレベルから変革する事
によって
新しい社会構造を創り出し
………
それによって日本の未来を切り開く

………
「民衆」という言葉の定義は
次の通り→「創造に無関心な人々」

 

私の心の底には今も上記の夢が存在
している。

それがどれだけトンデモナイ妄想であるのか
という事は百も承知の上で、………。
 

………百も承知しているにも関わらず

時として
その妄想が妄想ではなく実現可能で
現実的な計画として自分の心身の全体を
襲い包み込む場合がある。
 

自治会総会から現在までの3週間、
そういう心身状態の中で私は生活していた。

ほぼ妄想とも言える
巨大なテーマに適応し得る
心と身体の在り方を求めて

 

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普通の人々が生きる事の意味に対する理解

自分が確かに社会不適合人間だった
という事実の発見

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現在の自分に負いきれない巨大な負担や
負荷に対する最初の手段として
考えられるのは
その負担や負荷の正体および構造を正確に
理解する事なのだけれど、………

最近までの私は
それが全く出来ていなかったのだ、………
とつくずく思う。

………と言うか

それがどれだけトンデモナイ夢
あるいは妄想であるのか、という事
それ自体を本当には理解できないままに
この歳になるまで
それを追い続けて来た………というのが
私の人生だったのだ、

………という事を今は痛感している。
 

今までの私は
それらしい事をブログ上の言葉の上で
何度もつぶやいているのだが
その事を心の底から実感してはいなかった
のだ、とつくづく思う。
 

その意味で

私は確かに社会不適合人間だった
………と言うか
更に正確に表現するなら
………
私は確かに精神障害患者だったし
その状態から今現在も抜け出せてはいない

のだ、と思う。
 

 

既に申し上げたように

今までの私にとっては


「民衆の意識を
日常生活のレベルから変革する事
によって
新しい社会構造を創り出し
………
それによって日本の未来を切り開く

………
「民衆」という言葉の定義は
次の通り→「創造に無関心な人々」

 
この夢の実現を追い求める事だけが
自分が生きる意味の全てだった。

それ故に

今までも今も
自分が本当にやろうと思った事以外
ほんのちょっとした作業でも
私は行う事ができない。
 

何度も御覧頂いた状態だけれど
これが2022年5月8日現在の我が家の台所だ。

トンデモナイ夢に自分のエネルギーや気力の
全てを奪いつくされてしまって

やろうと思えば出来るはずの作業を行う
エネルギーや気力が
どうしても生じてこない。
 

その種の「無意味」な作業を他人から強制
されたら私は多分
誰からも分かる明らかな異常行動を起こす
ようになるに違いない。
 

現在に至るまでの自分の人生を振り返って
みて

こういう心理や行動は
決して単なる「我がまま」ではない
或る種の精神異常状態なのだ、

と私は考えている。
 

以上で申し上げたような心身の状態
(精神異常状態)から
本当の意味で脱出する方法を直感したのが

4月17日の自治会総会での私の体験

だったのだ
と今の私は感じている。
 

 

…………………………………………………
……というような次第で、

次回からの何回かの記事では


あの時の私に上記の直感(イメージ)が
訪れたのは何故か?
という問いに対する状況分析

および

上記した自分の直感に基づいて
現在の私が考え続けている


普通の人々が生きる事の意味に対する理解

および


その理解を出発点とした
今後の自分の生き方に関する
或る程度まで具体的で詳細な設計図

の3点を表現してみようと思う。
 

 

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………
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