1ヵ月追加

今までFXを手がかりとした現実的人生に対する挑戦のタイムリミットは11月末と考えていたのだが、もう1ヵ月ほど延長できそうだ。

 

最近おもしろかった動画

12歳のジュリー・アンドリュースが歌う私はティタニア………(歌劇 ミニヨンのアリア)

クレア・デ・セヴィーニュコロラトゥーラソプラノデモ

ヴェッセリーナ・カサロヴァが歌っている君よ知るや南の国(歌劇 ミニヨンの中で主人公ミニヨンが歌うアリア)
ヴェッセリーナ・カサロヴァの歌唱トレーニングマスタークラス

「自信・意欲・気力」と「諦め・失意・絶望」……の諸相

今年の1月から本格的にFXに向かい始めた。
それ以来、今日までに何回も挫折を経験した。
初めの頃は挫折も軽い何となくのものだったのだが最近は心の根本的な部分から生きる気力を失ってしまうほど深刻な挫折を繰り返すようになってきている。

挫折に到るまでには一定の心理的な経緯がある。
まず最初に訳の分からない自信・意欲・気力が生じ、何日かの後に、その自信・意欲・気力の根拠となるような具体的な手段や方法や考え方が浮かび上がってくる。
次に、その手段や方法や考え方に基づいてFXに向かう努力を何日か続けるのだが、………うまくいかない。
失敗を何度も繰り返す内に最初の頃の自信・意欲・気力が少しずつ失われていって徐々に諦め・失意・絶望の気分が自我を覆い尽すようになる。

そこのところで私はFXおよび全ての人生に向かおうという努力を放棄して、ただただ眠るだけの生活に入り込む。失敗した手段や方法や考え方に拘って同じ方向へ向かって具体的な頑張りを続ける行為は百害あって一利なしだという事実を今までの経験によって思い知っているからだ。そういう意味での前向きな頑張りを続けるより、後ろ向きのマイナスな方向への具体的な思考を深める事の有意義さを知っているからだ。

そういう時に駆使すべき「眠りの中での思考」を可能にする立脚点としての知識なら現在の私は豊富に持っている。
根本的には現実社会で生きていく事そのものの限界に関する認識、………と言うか現世を越えた世界に対する或る種の宗教的な理解と認識。

ただただ眠るだけの生活の中で、そういう思考態度や思考方法に基づくマイナスの方角に向かっての具体的な手段や方法や考え方を徐々に深めていく。

そちらの方角へ向かって実際の歩みを進める覚悟が定まった頃、何故か自然に心が変化してくる。それまでマイナスだと感じていた方向へ向かっての「自信・意欲・気力」が浮かび上がってくるのだ。
そうこうしている内にプラス側へ向かっても今まで思いもつかなかった新しいタイプの「自信・意欲・気力」が浮かび上がってくる。何日かするとその「自信・意欲・気力の根拠」となるような具体的な手段や方法や考え方が浮かび上がってくる。

…………以上、
そのようなプラスマイナス両極に向かっての「自信・意欲・気力」から「諦め・失意・絶望」に到るサイクルを1月以来、FXを巡って繰り返してきて今の私が感じているのが「自信・意欲・気力と諦め・失意・絶望……の諸相」だ。「自信・意欲・気力」から「諦め・失意・絶望」に到るサイクルには幾つもの違ったタイプがある。

一つのタイプの「諦め・失意・絶望」には、それを生み出す原因となったタイプの「自信・意欲・気力」が存在する。それらのタイプの間には明らかに段階的な差異がある。低次元の「自信・意欲・気力」「諦め・失意・絶望」から高次の「自信・意欲・気力」「諦め・失意・絶望」に到るに到るまでの、………。

人間の努力は常に明確な限界を伴う。しかし、その限界が常に新しい思いがけない生命力を産み出す出発点となる。
クールな「自信・意欲・気力」に基にクールな努力を続け、クールな「諦め・失意・絶望」に向かい、次なる次元の「自信・意欲・気力」をクールに育むような在り方
それが今後の自分が意志として目指すべき生き方(死に方)であるような気がする………今までは半ば無意識的に行ってきたのだが、………。

 

お勧めの音楽

ジムノペディ(エリック・サティが1888年に作曲したピアノ独奏曲)
ジムノペディについて

歴史と国民性や民族感情とエスニックジョーク

エスニックジョーク(国民性ジョーク)というものがある。
ネットに出ている国民性ジョークは、一時代以前の前の紋切り型のものが多いけれど深い部分で各国の歴史を反映していて、なるほどと感じさせる面もある。

ショパンのイメージからロマンチックな連想をしていた私は国民性ジョークではポーランドが気の毒な扱いを受けているのが意外だった………のでポーランドについて調べてみて色々な事を考えさせられた。

 Wikipedia………非常に詳しい情報
外務省………ポーランド基礎データー
ポーランド在住者からの報告………ポーランドの国民性がよく分かる6つの話

 

その時その時の経済状況や政治情勢によって国民性や民族感情は時々刻々と変化する一面を持っている。それに伴う行動に対する歴史的評価としての民族ジョークも少しずつ変化していくのだろう。例えば中国。

最近になって中国政府の動向や考え方について詳しく解説されているテレビの報道番組を多く見かける。見ていると政府も国民も一昔前のバブル全盛期の日本と似た心理状態が続いている様子が実感される。

あの頃の日本は結局のところ夜郎自大だった訳なのだが、………

個人に対する評判や噂にも似て、一国の国民性に対する評価は一度形成され確立されると自他共にそれを変えることは難しいようだ。現在のポーランド人は亡国の歴史や近い過去の悲劇的な体験から少しずつ立ち直りつつあるのだろうけれど、そうした経緯から形成された気弱な遠慮深い性格から脱却して強い自信を持つまでには到っていないように感じられる。

一昔前の日本に似た夜郎自大的な民族感情を持っている現在の中国の国民性や民族感情は今後どうなっていくのだろう?………それに伴う民族ジョークは?
夜郎自大だった頃から反転して過剰に自信を失いつつあるように見える現在の日本民族の国民性、民族感情とそれに伴う民族ジョークの今後は?

 

お勧めの動画
ラファウ・ブレハッチが演奏するショパンのピアノコンチェルト No.1 (第一楽章の終わりの方の部分、そのまま第二楽章へ移行していく)
第二楽章(最初の部分から)
第三楽章

分かっちゃいるけど、………

今後の全てはFXにかかっている、それは分かりすぎるほど分かっているのだけれど、
僅かな投資資金を半分に減らして資金を捻出し11月末まで生活できる見通しがついたからなのだろう………自分の内底から湧き上がってくる訳の分からない逃避的な衝動から逃れられない。

今後に予定しているブログ活動の基礎資料を得る必要上、世界情勢を知る為にとか人間心理を研究する為に、とか………それなりの理屈をつけてニュース情報番組とか科学教養番組とかアクション映画とか探偵ドラマとか、………面白いと感じたテレビ番組を見まくる。
そうしたチャートに向かう時間は僅かでテレビを見る時間が大部分になってしまう生活が続いている。

しかし、………そんな生活の底の底で様々な激しい感情や情動が蠢いているのをふと実感する時がある。

現在の或る種自堕落な生活形態は自分の今後の運命に関する深く激しい恐怖を消化する上で必要不可欠な在り方なのかもしれない。祇園で遊びに耽っていた大石内蔵助の心境………?  いずれにせよ必ずやってくる「その時」に対する心構えは出来ている………?

一方、
時折試みるFXトレード(デモ)に対しては奇妙な自信を感じ始めている。気軽に、というわけにはいかないがトレードする事に対する気の重さはなくなっている。昨日は4千円以上の損失を味わったのだが、色々な意味で良い勉強になったという思いのほうが大きい。
「討ち入り」の時は近い………?

 

意外に面白かった最近のテレビ番組
イッテQ!登山部第6弾、イモトアヤコ「アイガー北壁」への登頂プロジェクト(記事の下の方にあるコメントも面白い)
難峰を攻略!イモトの快挙にネット上がざわついてる
「Wikipedia」アイガー
「youtube.com」アイガー登攀(全画面推奨)

アイガー登攀も観光事業化しつつあるんだな、と思う。今は初期の航空機旅行のように限られた人々の特権的な行為でしかないけれど、近い将来は普通の人の普通の冒険になるに違いない。