2019年2月17日以降にアップした日誌へ

2020年2月14日(金) 午後4時45分
………

…………………………………………………
………

21世紀人的思考とは?
総合目次
………
第1部
このブログの目的
…………………………………………………
………
………
最終章
第2部へ向って再度の助走
………
………
目次
………
本論に入る前に
………
………
第1節
無意識界の反乱
………
第2節
日本の未来への期待
………
第3節
第2部へ向って再度の助走
………
………
………
………background music………
&
………background Performance………

………
ロンドン橋落ちた
マザー・グース(英語の伝承童謡)より

 

 

 

本論に入る前に

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今は2020年1月27日(月)の午後2時15分。

気管支炎からは回復していているのだが、

Windws10への移行は進まず
この記事も今までと同じWindws7パソコン
を使って書いている。
 

………そんな事よりも遥かに大きく
決定的な問題がある。

このブログ、………の将来の事だ。
 

 

今から2年半前、2017年の6月から
私は新しい気持ちでこのブログを開始した。
 

その時に私の心には

ブログを書く事に対する
かなりのレベル・サイズ・質の
自信や信念や覚悟があって、

それらの自信や信念や覚悟が底をつく
等という事は考えてもいなかった。
 

………しかし、
その限界は意外な所から意外な形で
姿を現した。
 

 

下の写真を御覧頂きたい。
 


← 左は今年の1月12日に
撮影した我が家の台所で

 

右は本日の状態。
 

これでも
かなり頑張って
片付けた成果が現れているのだけれど、………
 

 

………何故こんな事になったのか?

………これからどうすれば良いのか?
 

訳の分からない苦しみの中から
その原因と
それに対する根本的な答えを求めて
一歩一歩

様々な思考錯誤と試行錯誤を重ねた末に
私が辿りついた答えと対応策は
 

或る意味で
それ以前の私が思ってもいなかった
とんでもない答えと対応策であり、
………
別の意味では
………
今までの私の考え方を分析し尽くし
その考え方の本質を発展・展開して行けば
こうなる他はないだろうな、
………と納得せざるを得ない当然の
答えと対応策

………

………だった。
 

 

………
その答えと対応策は
現在の私には自明なものなのだけれど、

その自明性を他の人々に納得し共感して
もらうのは意外と難しいし
大きなエネルギーを必要とする作業なのだ
と考える他はない。

………だから、

上述した問題に対して
現在の私が辿りついている考え方と対応策
を今日一日の作業だけで表現する事は無理だ
と思う。
 

 

…………………………………………………
………というような次第で、
 

今回の記事は
遅くとも来週の月曜日(2月3日)までに
少しずつ書き進める事によって
完成させて頂こうと考えている。
 

 

………
既に申し上げたように、

私の心の中で
完成させるべき記事の趣旨や
全体的な内容は決まっているので
 

このブログの目的

という記事シリーズの最終章としての
 

単なる国力ではなく
国の人間性のようなものが
決め手になる世紀を目指して

 

………という記事全体のタイトルも
途中までの目次の内容についても

既に出来上がって決まっている部分や

記事全体の内容に合わせた
BGM & BGP は

御覧のように
あらかじめ書き込んである。
 

 

…………………………………………………
………という事で

この記事に詳細な内容を追加する
最初の作業は

多分

明後日(21日水)の午後5時前頃までには
完了させる事ができるだろうと考えている。
 

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第1節
無意識界の反乱

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この節内の目次
………
…A…
私が体験した無意識界の反乱の一例
………
…B…
人生で最初に体験した無意識界の反乱
………
…C…
川の流れのように

 

 

 

 

…A…
私が体験した無意識界の反乱の一例

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意識の世界では自信と意欲と気力に満ちて
頑張るつもりでいるのに、

その自信と意欲と気力を
巨大で訳の分からない無意識界の反乱
によって根本的なところから破壊されてしまう
………という心理現象に

これまでの人生の中で私は何度も出会って
来ている。
 

そういう心理現象は私に限って起こる訳
ではないはずだ。

例えば、
本心を偽っている時の人の心身の状態一つ
とっても
その事は理解して頂けるはずだ。
 

 

………それはともあれ、

意志を保とうとする人の努力や頑張りを
時として根本的なところから破壊してしまう
無意識界の反乱

………に関する私自身の体験から

今回の記事を書き始めようと思う。
 

 

………
私にとって
小さな無意識界の反乱との出会いは
毎度おなじみの日常的な出来事なので
その反乱を消化する方法は十分に心得ている
のだけれど、

何年に一回は
簡単には消化出来ずに苦しまされる
深刻な無意識界の反乱に出会う危機
が訪れる。
 

………しかし、
そういう時にこそ
それまでの自分を越える大きな機会を
私は与えられているのだ。
 

……そんな経験を今まで何度してきた事か。
 

 

その一例として

今から2年と少し前
2017年の10月にアップしたこちらの記事
御覧頂きたい。
 

昨年の夏から始まっていた今回の危機も

その時の危機と全く同じ形で消化する事が
出来た今だからこそ

こうやって
この記事として表現できるのだけれど、
 

このブログと私自身の今後を考える時、

毎回の危機は危機なのだから
将来の保証はない。

新しい危機に出会う度に
新しい努力と工夫を通じて新しい解決策を
見出していく他はない。
 

 

…………………………………………………
………以上、

こんなところで今日の記事を終了させて
頂いて、

次回は明後日、
1月31日(金)の午後4時50分までに
アップしようと考えている。
 

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…B…
人生で最初に体験した無意識界の反乱

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一昨日にアップしたこの記事
私にとって非常に大きな意味を持っている。

あれを書く事によって
それまで見えていなかった様々な事柄が
驚くほど鮮明に見えるようになって来た
からだ。
 

例えば、

昨年の夏頃から、
今年の1月13日にアップしたこの記事に至る
までの
約半年の間に表現し続けてきた計画は

あらゆる意味で
現在の私の実力を遥かに超えた無謀なもの

だったのだ、

………という事が
今では良く分かってきている。
 

しかし、
事ここに至った現在、

例え、それがどんなに無理なものであっても
それ以外に

今後の私が生き続け
「このブログ」を書き続ける道はない、

………という事も
今の私には分かっている。
 

 

…………………………………………………
………というような次第で、
 

これから何回かに分けてアップする記事に
於いて、
上記した辺りに存在する私の運命的な事情を
少しずつ時間をかけて表現したいと思う。
 

そうする事によって、

あらゆる意味で
現在の私の実力を遥かに超えた無謀な計画

私にとって如何に逃れがたい課題であり
宿命なのか、
………という事を確認し、

その宿命に立ち向かうだけの覚悟と気力を
自分自身の心身の奥底から育てていく試み
に挑戦してみよう、と思う。
 

 

再び
 

…………………………………………………
………というような次第で、
 

今日は皆さんに
今から51年前(1969年の1月)に生じた事件

私の人生で最初に体験した無意識界の反乱

………について語っているこちらの記事
御覧頂くだけに留めておいて

この続きは明後日、2月2日の午後5時頃
までに書き上げてアップしたいと思う。
 

この事件について語る事は
私にとって非常に大きく重い心理的な負担
を伴う。

この事件によって
その後の私の人生の全ては決定されたのだ
から、………。
 

しかし、
今は、そうする事が絶対に必要な時なのだ

私の無意識は強く主張して止まない。
 

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…C…
川の流れのように

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前回の記事では

今から51年前(1969年の1月)に生じた事件

私の人生で最初に体験した無意識界の反乱

………について語っているこちらの記事
御覧頂いた。
 

この事件によって
25年間に渡って少しずつ形成されてきた
私の人生設計は
根本的な部分から破壊されてしまった。
 

その結果として

期待を込めて育ててきた長男が
これから、という時に精神病患者になり
一般社会から落伍した事を受けて

私の父と母はどう対応したか?
 

そして、

私自身は
その後の人生をどう過ごして来たか?
 

先日からずっと
その辺りの事情を振り返って
様々な事を考えさせられているのだけれど、
……………

今になって思い至る事、思い知らされる事が
余りにも多すぎて

それを表現する事は
現在の私にとって非常に荷の重い作業だ。
 

………
だから、

この件については
後ほど別の記事シリーズとしてまとめて
表現させて頂く事にして

ここでは上述の
今から51年前(1969年の1月)に生じた事件
25年後、
つまり私が50歳の時に書いた論文について
語っている最近の記事を御覧頂きたい。
 

この論文こそ、
今から51年前(1969年の1月)に生じた事件
を手がかりとして
私および私の両親が25年かかって創り上げた
答えであり

その後の私が築いていかなければならない
人生のあるべき姿を描いたラフスケッチ
だったのだ、………!
 

……………………………………………………
………

この論文を書いた時から
上記した記事をアップした昨年の11月末まで
その事が意味する重大な真実に
全く気づくかないまま生活して来たのだ

………という事を
最近になって思い知った私は

個人の意思を遥かに超えた
無意識界の巨大な力と働きに
今更ながら
ただただ驚かされるばかりだった。
 

 

驚きは更に続いて、
上記した論文を書いてから26年後の今
現在の自分の底に定着しつつある新しい心境
へと至る。
 

 

…………………………………………………

今は2020年の2月2日の午後4時25分。
………

人は誰だって自分自身の人生を生き続けて
いる。

この記事を私が書いている今現在も

読者の皆さんそれぞれが独自の貴重な人生を
歩み続けていらっしゃる事は承知している。
 

その上で、
 

傲慢きわまりない言い分である事を
承知の上で

敢えて

現在の私が実感している
私自身の新しい心境を予感的に表現している
この記事

再度ご紹介する事によって
今日の文章を終了させて頂きたい。
 

次回の記事は
明後日(2月4日 火)の午後5時頃までに
アップする予定。

 

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日本の未来への期待

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………

この節内の目次
………
本題に入る前に
………
日本の未来に対する
トンデモナク過激な構想

 

 

 

 

本題に入る前に

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今は2020年の2月4日の午後2時3分。
 

今から3週間前、
1月13日の午後5時前、

私はこんな文章を書き終えて
その時まで考えていた行動計画の実行段階
に入りつつある自分の状況を実感していた。
 

その実感の奥底から突然

それまで思ってもいなかった
理屈抜きの強烈な拒絶感が
心の奥底から湧き上がって来た。

こんな事をする為に
自分は今まで頑張って来たんじゃない!

 

それから今日まで3週間、
その強烈な拒絶感について考え続けて
様々な事が見えて来た。
 

見えて来た事の一つは無意識界の反乱

これについては前節でお話した。
 

 

もう一つ見えて来た事は

………
上述した

こんな事をする為に
自分は今まで頑張って来たんじゃない!

 

という理屈抜きの強烈な「拒絶感の詳細」だ。
 

 

「日本の未来への期待」と題する「この節」では
その「拒絶感の詳細」について
お話しようと思うのだけれど、………
 

これについては
まず最初に

こちらの記事

を御覧頂こう。
 

この記事で私が述べようとしている事柄を
突き詰めて考えて行くと

現在の日本社会を
或る意味で根本的な部分から変革しよう
という
とんでもなく過激な主張や考え方

に行き着く事が見えて来る。
 

………
この記事を書いたのは一昨年、
2018年の5月8日。

それから約1年半の間に
私の心は知らぬ間に現実主義者的な妥協を
当然の事として受け入れるように
成り果てていたのだ。
 

 

…………………………………………………
………というような次第で、

「この節」では
1年半前の私が純粋な心で語ろうとしていた
「日本の未来」について
詳しく説明していこうと思う。
 

次回の記事は
明後日(2月6日 木)の午後5時頃までに
アップする予定。

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…A…
日本の未来に対する
トンデモナク過激な構想

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一昨日の記事では

「日本の未来への期待」と題して1年半前に
アップしたこの記事この章

ドラッカーの予言

日本の未来への期待

という文章を御覧頂いた。

その文章を私は次のような結論で結んだ。
 

今年は日本が敗戦した1945年から数えて
73年目である。
………
1945年の77年前、
つまり1868年は明治元年になる。
………
………
これは私の希望的な仮説
或いは「変人」としての直感
に過ぎないのであるが、
………
私には
………
日本という国は大体70~80年毎に
とてつもない大変革を起こす国のような気
がしてならない。
………
………だから近い内に「それ」が起こる
ような気がしてならない、
のである。
………
………
………この仮説、或いは直感には
それなりの理由がない訳ではない。
………
………
今の段階では
………
………その点についても
今後の記事の中で少しずつお話していく
つもりである、
………としか言えないのだけれど、………
………
………
一つだけ明言できるのは
………
その直感は
………
日本という国の長い歴史を前提として
………
最近の国際状況や国内状況を
自分なりに冷静に観察し続けた結果
に基づく
私なりの冷静な思考から
必然的に生じて来ているものである、
………
………という事実である。
………
………
………この点についても
ドラッカーは日本という国に対して
次のような面白い指摘をしている。
………
(日本は)一夜にして180度転換するという
信じられない能力を持っている。
………
日本は劇的な転換が得意である。
一定のコンセンサスが得られるや、
直ちに転換する。

………
………その180度転換は
今から73年前の1945年に発生し、
その77年前の1868年には
明治維新という大転換が発生した。
………
………
………だから、そろそろ、………………
………という事なのであるけれど、………
………
例えば明治維新という大転換の時期
についても
終戦当時の大転換の時期に関しても、
………
他の全てに対する事柄についても
………
私の考察は、
自分なりに物事の深部に到るまでの観察を
貫こうとする意志に基づいた命がけの行為
なのであって、
単純な遊び事でない事だけは
申し上げておきたい、………と思う。

 

上記で引用した文章を書いていた時の私は
近い将来に日本という国が起こすべき

大転換

………………に対する具体的なイメージを
持っていなかったのだけれど、………
 

その後いろいろな事を体験した果てに

今から3週間前の1月13日、
前項「本題に入る前に」で申し上げた

こんな事をする為に
自分は今まで頑張って来たんじゃない!
………
………という
巨大な無意識界の反乱

に遭遇して以来、

過去から現在までに経てきた
自分の人生や思考の遍歴を
徹底的に振り返る作業を続ける内に

この記事を書いた時に
衝撃を受けた
スイスという国の在り方

に思い至った末、

私の心には、日本の近未来に対する
或る「トンデモナイ構想」が浮かんで来た。
 

これからの日本は
主にスイスを手本とした
独自の国作りを目指すべきだ!

 

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第3節
第二部へ向って再度の助走

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………

この節内の目次
………
本論に入る前に
………
…A…
日本が大きく変化する時
………
…B…
第二部へ向って再度の助走

 

 

 

 

本論に入る前に

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この節を始めるにあたって

まず最初に
「日本の未来への期待」と題した前節で
私が申し上げようとしていた事柄の要約を
御覧頂きたい。
 

今年は日本が敗戦した1945年から数えて
73年目だ。
………
1945年の77年前、
つまり1868年は明治元年になる。
………
………
これは私の希望的な仮説
或いは「変人」としての直感
に過ぎないのだが、
………
私には
………
日本という国は大体70~80年毎に
とてつもない大変革を起こす国のような気
がしてならない。
………
………だから近い内に「それ」が起こる
ような気がしてならないのだ。
………
………
………この点について
ドラッカーは日本という国に対して
次のような面白い指摘をしている。
………
(日本は)一夜にして180度転換するという
信じられない能力を持っている。
………
日本は劇的な転換が得意である。
一定のコンセンサスが得られるや、
直ちに転換する。

………
………その180度転換は
今から73年前の1945年に発生し、
その77年前の1868年には
明治維新という大転換が発生した。
………
………
………だから、そろそろ、………………
………という事なのだけれど、………
………
………
………
1868年の明治維新から77年後に起こった
戦後改革から数えて75年後の現在、
………
これからの日本は「大転換」の時節に
差し掛かっているのではないだろうか?
………
………
………
その「大転換」について考えていた
私の心に「或るトンデモナイ構想」
浮かび上がって来た。
………
………
これからの日本は
主にスイスを手本とした
独自の国作りを目指すべきだ!

 

………
…………………………………………………
………という事で、

この節では
上記した私の予感や考え方の出発点と
なっている

この記事

の内容に関する詳しい説明から始め、
 

最終的には

何故
これからの日本は
主にスイスを手本とした
独自の国作りを目指すべきだ!

なのか?

という問題を巡る詳細な考察をお示しする
事によって、

昨年の11月18日から長く続けて来た

「このブログの目的」
という記事シリーズ

の結論としての

…最終章…
単なる国力ではなく
国の人間性のようなものが
決め手になる世紀を目指して

を結ぼうと思う。
 

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…A…
日本が大きく変化する時

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前回の記事で私は
次のようなドラッカーの指摘を御紹介した
のだけれど、………
 

(日本は)一夜にして180度転換するという
信じられない能力を持っている。
………
日本は劇的な転換が得意である。
一定のコンセンサスが得られるや、
直ちに転換する。

 

この項では
ドラッカーが指摘している

一夜にして180度転換するという
信じられない日本の能力

を如実に示している二つの実例に基づいて

その「180度転換」
具体的な内容を検証する事から
話を始めたいと思う。
 

………
…………………………………………………
………という事で、

まず最初に
以下のリンクで御紹介する3つの動画を
御覧頂きたい。
 

今から152年前の1868年まで続いていた
★幕藩体制の内容★

1868年に生じた
一つ目の「180度転換」としての
★明治政府体制の内容★

1945年に生じた
二つ目の「180度転換」である
★戦後体制の内容★

 

 

1945年に生じた二つ目の「180度転換」
から75年が経過した今、

日本という国は
そろそろ三つ目の「180度転換」を行う時節
に差し掛かりつつある、………
………のではないだろうか?
 

………
…………………………………………………
………というような次第で、
 

次節から何回かに渡り
上記した三つ目の「180度転換」に関して
私の考えるところを展開させて頂きたい
と思う。
 

 

現在の日本という国の人々は
幕藩体制の下で太平の夢を貪っている
ような生活を続けながら

心の奥底では
捉えどころのない漠然とした不安感
を抱えて生きているのだ、
と私は考えている。
 

………
そういう状態にある日本の深い部分に
少しずつ育ちつつある
三つ目の「180度転換」を産み出すエネルギー
に満ちた人々について、

幕藩体制を根本的な部分から
180度転換させた明治維新になぞらえて
お話を進めていこうと思う。
 

明治維新を推進したのは
極く一部、高位の公家や武士と
数多くの薩長土肥の下級武士たちだった
訳だけれど、
………
三つ目の「180度転換」を推進する人々は
現在の日本に於いて
どのような立場にいる人達なのだろう?
………
………
上記でリンクした動画の解説によると
明治政府が目指した国の在り方は
「天皇を中心とした
強い国力を持った中央集権体制」

だったのだけれど、
………
三つ目の「180度転換」を推進する人々が
目指すべき新しい国の在り方は
どのようなものなのだろう?

 

………その他、様々な事柄について
或る程度まで詳細な考察を進めてみたい
と思っている。
 

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…B…
第2部へ向って再度の助走

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前項をアップしたのは4日前、2月10日(月)
だった。
 

その時は以下のような事について
これから何回かの記事をアップすれば
説明できるだろう、………
………と考えていた。

明治維新を推進したのは
極く一部、高位の公家や武士と
数多くの薩長土肥の下級武士たちだった
訳だけれど、
………
三つ目の「180度転換」を推進する人々は
現在の日本に於いて
どのような立場にいる人達なのだろう?
………
………
上記でリンクした動画の解説によると
明治政府が目指した国の在り方は
「天皇を中心とした
強い国力を持った中央集権体制」

だったのだけれど、
………
三つ目の「180度転換」を推進する人々が
目指すべき新しい国の在り方は
どのようなものなのだろう?

 

………しかし、

いざ、
実際に説明をする為の記事に取り掛かって、
その説明が
どれだけ複雑で困難な作業になるのか、
………という事が徐々に分かって来た。

何回かの記事をアップすれば説明できる
ような事柄ではなかったのだ。
 

上記した説明を
自分が納得できるところまで完了させる
には、
かなり多数の記事が必要になるし
 

それ以外に

ここまで
「この記事シリーズ」を書き続けているうちに

始めた頃には思ってもいなかった方向に
考えが展開してきた、

………という事情もある。
 

 

…………………………………………………
………というような次第で、

以上の問題を解決するには

この章の、この節までで完結させるつもり
だった

このブログの目的

………という記事シリーズを
二部構成へと変更する他に方法はないので
 

今日の「この記事」で

このブログの目的
第一部

………を終了して、

3日後の2月17日(月)から

このブログの目的
第二部

………を始めさせて頂こうと思う。
 

次回の記事(第二部 第1章)は
3日後(2月17日 月)の午後5時頃までに
アップする予定。

 

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………background music………
&
………background Performance………

………

ロンドン橋落ちた
マザー・グース(英語の伝承童謡)より

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歌の解説
………
歌詞と解説
………
ロンドン橋の歴史
………
画像検索結果
………
「マザー・グース」は本当は怖い?
………
マザーグースを知れば
英語も映画も物語もより深く理解できる?

………
………
動画
★1★……★2★……★3★……★4★
………
★5★……★6★……★7★……★8★
………
★9★……★10★……★11★……★12★
………
★13★……★14★……★15★……★16★………
………
ロンドン橋落ちた(遊び)
………
「ロンドン橋落ちた」の遊び方
………
動画
………
★1★……★2★……★3★

 

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2020年1月20日にアップした記事へ