「沈黙と言葉との中間にある人間」

人間が沈黙するとき、彼は現象学的には(主観的にはそうではないが)、言葉の創造作用が間近かにせまっているあの状態のなかにおかれている。

別の言葉でいえば、ひとりの人間が沈黙しているとき、彼はまだ言葉を待ち望んでいる人間としての姿をとっているのである。

勿論、人間は沈黙のなかにあっても言葉をもってはいる、しかし、言葉はむしろ消失しようとしているのである。

つまり、沈黙のなかでは、人間は言葉を彼に贈りあたえた人……即ち造物主……に、ふたたびそれを返そうとしているようなのだ。殆んどあらゆる沈黙のなかに何か神聖なものが感じられるのは、そのためである。

要するに、沈黙のなかにある人間は、言葉を返上しようとしている者のようにみえる。

しかし、次の瞬問、彼が語りはじめるやいなや、彼はいまやっと言葉を沈黙から受取ったばかりの人のようである。

沈黙のなかでは、人間はもはや存在していないようだ、……しかし最初の言葉を口にすると同時に、彼はふたたび甦ってくる。

ながい沈黙ののちにふたたび語りはじめた人間をよく眺めるならば、まるで、今まさに人間が言葉によってわれわれの眼前に生じ来たったかのようである。人間は言葉によってあらためて確認されるのである。

かくて沈黙から完全に別種のものが、即ち言葉が繰りかえし繰りかえし生れてくるのは、一種の創造的行為によるものと思われる。

造物主の行為は、このようにして人間の根本構造のなかに顕現されるのである。

この創造的なるものは、そのように人間のなかに混和している。

だから人間が、ちょうど言葉によってと同様に、この創造的なるものによって人間たり得ているということは、何ら特別なことではなく、全く自明のことなのである。

創造的なるものは、ちょうど言葉のごとく自明的に人間のもとに存在しているのである。

ところが、言葉が沈黙との連関を喪失してしまえば、かつて沈黙が存在していたあの場所には今や真空が、奈落が発生する。

言葉は、かつてそれが沈黙のなかで姿を消していったように、この真空のなかで消えて行く、……いや、この真空のなかへ吸い込まれてゆくのである。

そして、最後の言葉がこの真空の奈落のなかで消えうせる場合には、自分もまた人間であることを止めねばならなくなるのではあるまいか、という非常な不安が人間の内部に生ずるのである。

みすず書房刊『沈黙の世界』からの引用
 

 


 

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